平成最後の日に思うこと

平成という時代が終わります。

私は平成元年に中学生になりました。
バブル時代だったんですよね。
中学生には悲しいほどに何の恩恵もありませんでした(笑)。
そこから高校・大学と進み、社会人になったのが平成11年。
つまり、学生だった約10年間が平成の最初の10年ということになります。
ここまでは元号の「平成」をよく使っていたように思います。
履歴書を書くときにも必ず必要でしたし。

元号をあまり使わなくなってきたのは
2000年代になってからかなと思います。
まさにミレニアム・21世紀突入のときには社会人になっていました。
そこからは西暦の方が多く接するようになりました。

今振り返ってみると、昭和生まれの身ではありますが
上記理由により、昭和は小学生以下だったため自発的思い出というのはほとんどなく、
まさに平成の世を生きてきました。

・・・平成最後の日の今日は、まさに平成元年に中学1年生のクラスで知り合い
30年間ずっと仲良くしてきた友達と昼過ぎからカラオケをしてきました。実に久しぶりでした。
10代~20代前半はカラオケブームでしたから、もうそれはそれは多くの歌を一緒に歌いました。
青春でした。いい時も悪い時もありました。全部近くで見てきた友達です。

17時には退位礼正殿の儀をLIVE中継で観ました。
昭和の終わりでは考えられないことですね。

・・・とまあ、便利になったことは実にたくさんありますが、
明らかに窮屈に思えることも増えたように思います。

ネットが普及したことにより、匿名で好き勝手に主張ができる時代、
あちこちでSNS炎上が毎日のように起きていますが、気分のいいものではありません。
誰かを叩いてスーッとする感覚?間違った正義感の振りかざし?
・・・コメントへの責任が問われます。

また、自分の意見以外は許容できないという空気や
多数の意見が正解のような空気が横行しているようにも思います。

様々な考えがあっていいはずなのに。それが健全なのに。

何を思っても自由です。但し、それを押しつけなければ。

平成最後の日をどう思おうが自由なのです。
私は、一つの時代が終わるのだなという点で、とてもしみじみしていますよ。
それ以上でもそれ以下でもありません。

今日会った友達は「年越しみたいだね。でも寒くなくていいね」と言っていました。
うん、ホントだね(笑)。

心穏やかに令和の時代を過ごしたいです。

明日になって何かが格別に変わるわけではないですが、
これまでの日々にしっかり感謝して、これからもよろしくお願いします。

by mikikasai819 | 2019-04-30 23:24 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

私の祖母は97歳です。
多趣味でおしゃれで頭の回転も速くて、80代後半からパソコンを覚えるなど好奇心も旺盛で
自慢のおばあちゃんでした。
それがここ数年で衰えが激しくなり、昨年から認知症も出始め、
今では私のことも分からなくなってしまいました。
(その時の最初のショックの記事はこちら

それでも食欲もありますし寝たきりではないので
デイサービスに週3回行くなどしていました。

その傍には、いつも母がいました。
祖母は母の実の母です。
娘だからこそのわがままもあったと思いますが、
さすがに排泄など一人でできなくなってからは
大袈裟でなく母が24時間、深夜に何度も祖母に起こされるという過酷な中で
世話をしてきました。

ショートステイも組み込みながら介護してきましたが
いつも母の脳内には祖母のことがありました。
出かけていても「早く帰らなきゃ」と常に思っていましたし、
体が痛いと言うから「どこが痛いの」と聞いても会話が成り立たずに疲弊していました。
でも、ずっとずっと介護し続けてきました。
実の母だから、なんとか自分の手で助けてあげたいから。

そんな母が先月「もう限界・・・」と電話口の向こうで涙を流しました。

もうその前から私は祖母より母の方が心配で、
もっとプロに頼む手段を進めたほうがいいと感じていました。

でも、母の懸命な姿も見ています。
母は本当に必死でした。祖母が過ごしやすいように、なんとかしたい、してあげたい、
その想いはひしひしと伝わってきました。
でも、文字通り限界でした。
睡眠時間は削られ、祖母のトイレには毎回付き合い、
飲ませる薬をチェックして、ご飯を食べさせて、
・・・もう、ここに書いているだけで私がしんどくなります。
でも、それをすべて母は一人でやってきました。

そして、とうとう、限界と自分自身が思って、納得して、
自宅での介護をあきらめて、特別養護老人ホーム(以下「特養」)に入所させることにしたのです。

母は本当にホッとした表情を見せました。
同時に本当に哀しそうな、申し訳ない表情も見せました。

それが答えなのだと思います。

これ以上自分一人では面倒を見られない、自分が壊れてしまう(既に壊れ気味)、
でも、何もわからない祖母を特養に入れることに罪悪感が押し寄せてくる。

そんな日々が過ぎて、

まさに、今日、祖母は特養へと入所しました。
(正式にはショートステイから移行していくらしい)
施設から車のお迎えが来ても、祖母はもちろん、
また自宅に帰ってくるだろうと思って乗り込んだと思います。
それがまた辛くて泣けてきたという母。

生放送中にそんな話を織り交ぜたら、
番組の最後にBUMP OF CHIKENの「花の名」が流れてきて
(ディレクターが偶然選曲していたのですが)
その旋律と歌詞をを聞いたら涙が止まらなくなりました。危ない危ない。

母が極度の喪失感に苛まれないか心配です。
なるべくこまめに声をかけていこうと思います。
本当にここまで頑張ってくれました。

また、祖母に全く会えなくなるわけではないので
たとえ自分のことを分かってもらえなくても、たくさん顔を出したいです。

文章にすると表現が陳腐になってしまっていないか心配ですが、
本当に、この一連の出来事は、自分の心に大きく刻まれました。
過去形ではなく進行形であり、これからも考えていくべきことだと思います。

※なんというタイミングか分かりませんが、
アナウンサー受験時代の友人の山野本竜規くんがこのようなブログを今日アップしていることに今気づきました。
偶然にしては本当にすごい・・・特に後半部分の介護の記述。思わず読み込んでしまいました。

by mikikasai819 | 2019-04-12 23:24 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

新元号発表、その瞬間。

新元号「令和」という文字はPCで一発で変換されません。
当たり前か・・・
令の字は7番目に出てきました。でも和は1番目。
徐々に慣れてくるのでしょうね。
菅官房長官が発表する時の、国民みんなが注目している感覚、
私もその中におりました。
しかし、ちょっと普通ではないシチュエーションで(笑)。

今日4月1日の午前10時半に私はエステの予約を入れてしまっていました。
予約を入れたのがもう1か月以上前で、完全にノーマークでした。
その瞬間に立ち会いたくても、新元号が発表される11時半、
私はこのままだとベッドの上にいることになります(苦笑)。
別に予約をずらすほどでもないのでしょうが、
終わるのが12時過ぎと考えたときに、ほんのちょっとのことでも、
ああ、私はネットニュースで後から知るのかなーと思って一抹の寂しさを覚えて。

そもそも、エステティシャンの方はどう思っているのかしらと。
やはり気になるものではないか?
いや、お仕事中だからそういう雰囲気は封印か?

実は、ここ数回行ったことがある程度で、
担当者とは正直まだ親しい間柄ではありません。
エステというよりはどちらかというと骨格矯正の意味合いも強く
姿勢をよくしたいなーと思ったのがきっかけです。
でも大変人気のサロンで、1ヶ月に1回予約が取れれば御の字という状態。
そういうわけで、今回もだいぶ前から4月1日を押さえていました。
「ついたち」が好きな私としては、この日からリセット!みたいな
もう、絶好の日でして(笑)。
しかも新年度!リセットパワーも強いのでは?!(笑)

でも新元号発表の時間と重なったとこういうオチです(苦笑)。

そう思いながら、いざ10時半。サロンを訪ねます。
完全個室。ほかのお客様も施術者もゼロ。
「よろしくお願いします」

とりとめないお話から入り、姿勢の話、食生活の話など、
ためになる話題ももちろんありながら、
新元号のことどう思っているのかなーと探りたい気持ちもあり、
でも、いざ施術が始まると体を預けておりますので、
私はうつぶせの状態で何かをするというわけにもいきません。

11時15分頃。ついにその話が出ました。

「元号って何になるのでしょうねー」
「いよいよですねー」

うん、そうそう。

「気になりますよね」

そう?そうよね?

「はい、気になります」

えい、この勢いで聞いてみよう。

「あのー、このお部屋にはラジオやテレビはないでしょうか」

お約束でラジオを先に言ってみる私(笑)。こういう時こそラジオでしょ。
でも、今回ばかりは漢字を確認したいな、菅さんの表情も観たい・・・というのも本音。

「あー、ここにはパソコンしかないのです」

そうかー、なるほど・・・よし!!!

「発表の瞬間、興味あります?」
「ええ、もちろん」
「それなら、私のipadで手元で確認できますけど、いかがですか?」

提案してしまった。すると・・・

「いいんですか?(お客様に対しての施術中なのに)」
「いいんですか?(施術をしていただいている途中なのに)」

お互いの希望が合致した瞬間だった。
なーんだ、やっぱり気になっていたのね。

ということで、5分前になったらipadをカバンから取り出す段取りになりました。

・・・

・・・

「5分前です」

担当者の方はクリームがついた手を洗って私のカバンからipadを取り出しました。
「カバン相当重いですね、これは体に良くないですよ」と注意されながら(苦笑)。

内閣官房のライブ中継は既に30万人が視聴していると出ていました。
これがどんどん増えていくことになるのです。

ん?

ipadの時計は11時半となっているではありませんか?

あれ?もう11時半?
どうやらサロンの時計は5分遅れていたようです。
危ない危ない!間に合った!!!

施術の手もとまり、うつぶせの私と、その横に佇む担当者。
支線の先にはipad。

さあ、いよいよだ!!!

・・・

・・・

・・・

あれ?菅さん、入ってこない。

2分、3分、5分。

全く発表される気配がありません。
その間、ずっと私たちは同じ体制でいるのでした(笑)。

「まだ、でしょうかねぇ」
「そうですねぇ」

10分経っても始まらない・・・

「あのー、背中のマッサージだけ進めておいてもいいですか?(笑)」
「はい、お願いします(笑)」

不思議なシチュエーション。
部屋の中に私とその担当者さんだけ。
繰り返しますがそこまでそんなにまだ親しい間柄ではありません。
でも、一体感を感じて笑いさえ起きる雰囲気。

「うっ、痛い!」
「肩甲骨の部分を伸ばしています」
「うーっ、効く!でも痛い!」

そうこうしているうちに、菅官房長官が。

いよいよです。

今度こそ手を止めて、ipadに注目です。

掲げる新元号2文字が書かれた2文字を、
間違ってさかさまにしてしまったりしないだろうかと
余計な心配をしながら、その瞬間が来ました。

「令和」

なんともいえない感覚が押し寄せてきました。

私は「R」で始まる元号になるのではと今朝ひとりで勝手に思っていたのですが
RyuだったりRyoだと思っていたので
Reという音の響きは意外でした。
何より、昭和で「和」が使われているので、ここで再び登場するのはとても意外でした。
1人でこの瞬間を観ていたらそこまでの感想だったと思います。

隣にいらしたエステの担当の方がこうおっしゃいました。

「和が入ってるのがいいですね!和が入っていて嬉しい!平和であってほしい!」

誰かの感想・・・ここでは私ともう1人しかこの空間にいない担当者の感想。
この一言が、なんだか心に響きました。
そうしてきっと忘れないんだろうな、今のこの空間を・・・と思いました。

1か月後に令和が始まってどんどん歳をとって、
それでも、私はあの日、まだ行き慣れないエステサロンの部屋で
不思議な連帯感を持ちながら、なかなか発表されない元号を待ちわびていたなぁ・・・と。
そして同じ瞬間を別の場所で様々なことを思いながら、
多くの国民が新元号を受け止めたのだなぁ・・・と。

・・・

・・・

・・・

結局その後、施術に戻りました。
痛い時間ばかりではなく、うとうとしていたところもあったので、
「さっきの、令和の発表、夢ではないですよね?」と
思わず確認してしまったほどでした(笑)。
途中止まった分もサービスしていただいた形で13時近くまで(笑)。

スッキリした体で、これから仕事に向かいます。
平成はあと1ヶ月です。

あー、久しぶりにたくさん書いたー!!



by mikikasai819 | 2019-04-01 15:17 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)