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このき なんのき かさいみき

年に一度の「さらば」&「そして」の記事。今年は・・・

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毎年誕生日の前日と当日に記すタイトル記事。
今回はPCを日本に置いてきたので手書き。
(宿泊しているホテルのメモ帳。笑)

これからもよろしくお願いします。

# by mikikasai819 | 2019-08-19 03:25 | やるき(決意・反省など) | Comments(2)

朝昼夜、素敵な3人と。

1日を振り返るにあたり、朝昼夜と、どの時間帯もそれぞれに
素敵な人との素敵な時間だったなと思える。

☆☆☆

朝。というか午前中。我が家に来客。
大学の公開講座で教えていた時の元生徒さん。
今ではすっかりお友達。
ずっと「いつかやってみたい」と言い続けていたことを
ついに来年実現させることになったそうだ。
「いつかいつかといっていても、その日は向こうからはやってこない。
自分で勇気を出して動かなくては!って思って決めた」と言う。
ドキドキ心配性なタイプの彼女がそれ以上の強い意志を見せてくれた。
本当に嬉しくて心から応援したいなぁと思ったし、大いに刺激を受けた。

昼。池袋でランチ。
3年前に司会の仕事をご依頼いただいた企業様の元社員さん。
今ではすっかりお友達。
ついこの前まで放送と連動で東京の駅のまちあるきをしていたが
コーナーは一段落。
そこで好奇心旺盛な彼女と一緒に「裏まちあるき」として続けることにした。
自然と会う回数も増える。
毎回笑いの絶えない、ポジティブな気持ちになれる時間だ。
たった1度の司会の現場での出会いだったのに、
実に自然とここまで続いていることに感謝。

夜。西武立川で打ち合わせ。
高校の部活動で教えた生徒が大人になり、このたびご結婚!
ということで、来月、披露宴の司会をご依頼いただいた。
「先生に司会をしてもらうことが夢だったんです!」
・・・私は幸せ者だ。本当に指導者冥利に尽きる。
そもそも、駅まで車で迎えに来てくれた姿を見て、
(ああ、当時は高校生だったのに、今では立派に運転している!)
・・・その事実で既に感動(笑)。
アイディア豊富な彼女だからこその披露宴内容で、
今からとても楽しみだ。
「先生は旦那さんとどうやって出会ったんですか?」
あれ?そういう話・・・する機会なかったね(笑)。


朝昼夜。三者三様。
でもすべてに言えることは、
思いやりのある心優しき素敵な人たちだということ。

出会ったきっかけは皆違う。
でもすべてに言えることは、
時期が来たら終了のはずの関係の、その先があったということ。

人と人とのつながりは面白いなぁ。

# by mikikasai819 | 2019-08-07 23:35 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

声を失って戻るまで。

先週金曜、久しぶりに声が使い物にならなくなりました・・・。

思い出したくないことではありますが、
実際今回、自らの過去記事を見返して、
ああ、こういう感じだった、こういう処置をした、
このくらい休んで復帰した等、細かいことが参考になったので
今回も記したいと思います。(長文)

☆☆

のどの痛みは7月17日(水)あたりから始まっていました。
唾をのみ込むと激痛、関節が痛い、
これは風邪の引き始めに違いないと思いました。
取り急ぎ仕事の合間に立ち寄ったドラッグストアで相談して
「これが一番効く!保障する!」と言われた薬を買いました。
仕事の控え室でいざ飲もうと思ったその時、
ふと、日頃飲んでいる薬との飲み合わせを確認し忘れたことに気づきました。
今まで市販薬を飲んで問題になったことはないけれど、
まあ、念のためというレベルでお客様センターに電話したところ、
「トラネキサム酸の成分が入っているので
絶対ダメとも言いませんが推奨はしません」と言われました。
そんなこと言われたら・・・気になったのでやめました。


7月18日(木)。いよいよ喉が本当に痛くて、
生活しながら気になって仕方がないレベルになりました。
ボイスクリニックに行きたいのに、こういう時に限って休診日
とにかくうがいして、トローチ舐めて、週末に医者に行こうと。


7月19日(金)。生放送。
本番始まると不思議な緊張感と責任感と高揚感からか
不安も痛みも一瞬消えるものですね。
3時間無事に終わって「よかったー、なんともなかった!」と
スタッフと拍手。
・・・よかったどころか、ここからがよくない始まりだったのに。

生放送が終わったのが11時。
1時間後の12時に行きつけの美容室に予約を入れていました。

「こんにちは!」「どんな髪型にしますか?」

話しかけられている途中、違和感が襲ってきました。
喉の奥がカラカラしてきました。
すごく嫌な、冷や汗出るような、潤いが極端にマイナスになったような、
以前に声が出なくなった時と同じ感覚に陥りました。

そういう時に限って、シャンプーをしてくださる新人スタッフさんが笑顔で
「暑くなってきましたよねー」「晴れ間が出てきてくれるといいですね」等
いわゆる雑談をたくさん入れてきます。

「そうですね」「はい」

会話をするのが苦しい。
たった一言だけなのに、どんどん声がかすれていく

入店からたった15分。何が原因か全く分からない。
でも、担当美容師さんと向き合った時、もう、声はガサガサでした。

「すみません、お水もらえますか。声が出にくくて。」
「えーーー?どうしました?」

そこからいつもはおしゃべりに花が咲く時間なのにひたすら黙って、
いただいたハーブティーと飴をなめ、
ああ、今から病院に直行だな・・・と思っていました。

16時、品川のボイスクリニックに行くと30人待ちと言われました。
いつもより混んでいて、待合室の椅子の空きがないため、
一旦外出して2時間後に戻りました。
それでも呼ばれたのはさらに1時間半後。
先生に半泣きで声が出ない旨を伝えると、
喉に麻酔をして声帯の検査をしました。

「舌を出して、背中丸めて、顎を上に向けて、
えーーーーと声を出してください」

声と呼べる声ではない。

「裏声も出してください」

全く出ない。

「次のお仕事はいつですか?」

毎週末出張していましたが、偶然この週末は何も入っていませんでした。

「月曜日です」

土日養生すれば大丈夫だよね、先生・・・とすがる思いで答えたら

「うーん・・・。これでは本来の声でのパフォーマンスはできませんね
今から炎症を抑える強い薬を出しますが
1週間かけて少しずつ減らしていくタイプのものです。
途中で無理をして出すと再び薬の量を増やすことはできませんし、
そもそも元通りの声になる保証はできません。
声帯を休ませるしかないです。

「・・・」

「とはいえ、職業で声を使われているわけですから、
お仕事に穴をあけられないという事実もあると思いますので
最終的にはご自身の判断です

「・・・・・・・・・・・」


こうして、その瞬間から筆談生活をすることになりました。

夫との会話はすべてipadの筆談ボード。(アプリをダウンロードしました)


7月20日(土)。体調は悪くなく声だけが出せないという状況でしたので、
土曜日は私がずっと応援している永井真理子さんのライブ@渋谷クワトロ。

待ちわびていたこの日、一緒に歌いたいのに遠くから見つめるだけ。
どうやっても元気に飛び跳ねたりする気分にはなれなくて、
ペットボトルの水を少しずつ飲んで、喉をとにかく乾燥させないように。
ファンのみんなでコーラスするところも我慢。泣けました。
ううっ、真理子さん・・・。でも、勇気をもらったのも事実。
こういう時だからこそ、心に響いた楽曲がたくさんありました。


7月21日(日)。地元の仲良し夫婦と一緒に
久しぶりにご飯を食べる約束でしたが断りました。
ごめんね、また必ず。
ひたすら家で筆談。


7月22日(月)。毎年ご依頼をいただいている
東京都中学校体育連盟ダンスコンクール影アナのお仕事。
このお仕事を、今回、同業の友人Yさんに代わってもらいました。
顔を出して喋るならフォローできるであろうことも、
声一本の影アナは到底無理。しかも、まだまだ本調子ではありません。
会場の「なかのZEROホール」に私も同行し、運営の先生方に謝罪しながら
Yさんに細かい流れを筆談で説明しました。
「わざわざ来なくてよかったのにー」「いいのよ、気にしなくて」
「早く別のお仕事に復帰できるようにね」「お大事にしてください」
本当に皆さん温かく、お詫びの気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そんな中、こんなご提案がありました。

「河西さん、こういう機会でもないと客席から観る機会ないから、
是非、本番中は客席から観てみてください♪

確かに。影アナをしていると舞台袖からしか見られないコンクール。
10年以上携わっている中で初めてお客さんとして拝見しました。
これは本当に有意義でした。
実際の影アナでお客さんがどういう反応をするのか、
演技と演技の間に生徒さんたちがどのような移動をしているのか、
何より真正面から観るダンスの素晴らしさ。
前向きにとらえれば、これも一つのギフトなのかもしれません。
先生方、ありがとうございました。
そしてYさん、本当に助けてくれてありがとう。

この日の夜、これまた私が応援している
ピアノロックバンドLAID BACK OCEANのインストアライブが
新宿のタワーレコードでありました。
CDを購入した人向けにサイン会もあるということで、
声が出せない今、「頑張ってください」の一言すら伝えられないので、
今回は我慢して途中で帰ろうと思っていました。
すると、知り合いのファンの方が
せっかくいらしたのだから、通訳しますから、
サインもらって帰りましょうよ」と。
そして「この人はね、今日は声が出ないんです」と
メンバーひとりひとりに説明してくれて一緒に進んでくださったのです。

いやはや、申し訳ないしお恥ずかしい、
でも、本当にその優しさが身に染みました。

マスク姿で変なジェスチャーしている私を見て、
ボーカルのYAFUMIくんからは「河西さん、どうしたの!」と笑われました。
ホント、怪しかったと思う。
親指を立てて「グッド!」とゲストに来てねの「ウェルカム」ポーズの
ひたすら繰り返しだったので(笑)。
でも、この場にいられて良かったなと今は思います。ありがとうございます。


7月23日(火)。母校共立女子高校の指導日でした。
夏休みに入ったこともあり、活動の方向性を考えてもらう日のはずでした。
筆談ではさすがにこれも厳しいので、急遽プリントを作り、
みんなで話し合ってもらいました。
来週は復帰しますのでその時に部員たちと色々話をしたいと思います。


そして、7月24日(水)の夜。
日経プレミアムゼミナールin川越。
ここを復帰戦に選びました。
金曜夜から水曜朝まで、丸4日、まったく言葉を発していません。

「お・は・よ・・う」

夫に朝の挨拶をするところからですが、
まあ、生まれたての馬が立ち上がるような、
弱弱しい、でも、頑張っている、そんな感じ。

思ったよりはかすれておらず、少しずつエンジンかければ、
マイクがあれば大丈夫かなというレベルになっていました。

日中のうちにボイスクリニックで薬を塗布して、会場へ。
ウェスタ川越という初めて行く会場。大ホールでした。
「マイクのボリューム、大きめにしてもらえますか」と
音響さんにお願いし声を出してみました。

出る。出ている。大丈夫。

間違いなくいつもの自分の声とは違うけれど、
高音域は出にくいし声を張ることは無理だけど、
途中でかすれたり消えたりしてはいない。

本番中は無我夢中でした。
いつもなら伝える技術など考えますが、
とにかく前にいるお客さんに声を届けることに集中しました。

この日はプロゴルファー・ゴルフ解説者のタケ小山さんが講師で
再会をとても楽しみにしていたのですが、
こんな声ということもありゆっくりご挨拶もできず。
でも、舞台裏で本番直前、私を見つけて
タケさんから声をかけてくださって本当に嬉しかったです。

全てのアナウンスを終えて、帰りの電車の中で、本当にホッとして、
水のペットボトルを握りしめながら放心状態になりました。


7月25日(木)。
母校の指導の予定でしたが来週に集約させていただくことにして
ひたすら家でゆっくり過ごしました。


7月26日(金)。
3時間の生放送。それこそ最初は恐る恐るスタート。
実際にまだ声は少しだけ出しにくかったです。
でも、「そんなに全開にしなくてもいいよ」と言われるくらい
いざ始まると調子は上がってきました。
10時台にはゲストもお迎えしましたが、
この頃にはすっかり不調を忘れているほどでした。

夜は福島の郡山でセミナー司会。マイクもあって大丈夫でした。


そして今日。7月26日(土)。
午前中に渋谷で司会をしました。
唾をのみ込むとまだ少し痛いけれど、声は問題なく出ていました。

午後、ボイスクリニックへ。
(ステロイドの薬の処方がこの日までだったので、
絶対に検査に来てくださいねと言われていた)
ギリギリ13時受付終了の午前の部に滑り込めましたが
呼ばれたのは16時近くでした。40人待ちだったのです。

喉に麻酔をして、声帯の検査をします。

「舌を出して、背中丸めて、顎を上に向けて、
えーーーーと声を出してください」

先週と同じ格好をしますが、あの時の悲壮感はありません。
声は、ちゃんと出ます。

「裏声も出してください」

案外と綺麗に出ました。

先生は先週の酷かった状態の声帯の映像と今回の映像を
見比べて説明してくださいました。

先週、声が枯れて出ないときは、
声帯がブヨブヨとしていて黄色い痰がまとわりついていました。
裏声の時は声帯を完全に閉じることができず、
半分開いたままの状態にしかならなかったんです。

本当だ・・・1秒間に200回振動する声帯。
自分の声帯の動画を見ながら聞き入ります。

「でも、今日はちゃんと元通りと言っていい状態ですね。」

本当だ・・・明らかに色も質感も動きも違う・・・。

よかった!よかったですね!

ううっ、先生(涙)。

的確な診断をしてもらえたこと、的確な薬を処方してもらえたこと、
やはりプロに診てもらうべきだと思いました。
1日仕事に穴をあけてしまったけれど、それ以上酷くならなかったのは
先生の診断のおかげです。
(今日も昼休み返上で患者さんを診ていらして
本当にありがとうございます)

さらに言語聴覚士の先生との面談もあり、ここでも
よかったですね!声帯結節でもポリープでもなくて本当によかった!
頑張って声を温存して回復させたことを褒めてもらいました。
改めて月曜日にアナウンスを代わってくれたYさんに
心から感謝しました。
そしてここでも「よかったね」って何度も言われて、
なんだか目頭が熱くなりました。

夫にも母にも「よかったね」って。
ああ、よかった。またまた、じーんとしました。
もちろん、この先も上咽頭の炎症を治療しながら、ケアをしていきます。

・・・というわけで、1週間を振り返りました。

ご迷惑をおかけした方々、ごめんなさい。
励ましてくれた方々、心配してくださった方々、ありがとうございます。
最後まで長文を読んでくださった方、お疲れ様でした(苦笑)。

またここからメンテナンスをしながら、
声を、言葉を、心を、届けていきたいと思います。

# by mikikasai819 | 2019-07-27 20:04 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

その言葉の持つ意味(お前が打たなきゃ誰が打つ)について

私はプロ野球観戦が好きです。って今さら言うことでもないくらいですが、
贔屓チームであるジャイアンツの次によく観ているのはドラゴンズです。
理由は・・・夫がドラゴンズファンだからです。
まあ、両チームが戦ったらどちらかは勝ちどちらかは負けるので(引き分けもあるけれど)
基本的には二人で笑顔ということはありません(苦笑)。
でも、当然他チームの事情よりは詳しくなるわけですので、
ドラゴンズの応援歌もほぼすべて歌えます。

さて、今回のタイトル。
「お前が打たなきゃ誰が打つ」について。
これはドラゴンズのチャンステーマ「サウスポー」で
応援団が歌う詩の部分です。

オイ!オイ!オイ!オイ!オイ!オイ!
(レッツゴー【選手名】 レッツゴー【選手名】)
みなぎる闘志を奮い立て お前が打たなきゃ誰が打つ
今、勝利を掴め(オイ!オイ!【選手名】)

夫はもちろん毎度歌います。
私も思わず口ずさんでしまうほどに馴染み深いのです。

この件で、今日、ニュースになっていた内容を見て驚きました。

不適切なフレーズがあるという指摘をチームから受け
応援団が使用を自粛することにした・・・

え?

選手にお前ということはどうなのか、
子供が多く観ている前でその表現はどうなのかという声があり、
協議した結果とのこと。

はぁ?

もう、本当に、申し訳ないですが、世も末だと思ってしまいました。

ここで真面目に書きたいのはただ一つ。
言葉の持つ意味です。

お前という単語は確かに相手のことをそう呼んで
気持ちのいいものではないかもしれません。
でも、明らかに応援団は選手を鼓舞するために歌っている、
そう、そもそも言っているのではなく歌っているわけです。

いつも直接球場で聴いているからよく分かります。
あのチャンステーマの瞬間は、
バッターボックスの選手に想いを届けたいと思っています。
確実に、そのうねりで盛り上がって、得点シーンにつながっています。
(いや、もちろん、相手チームとしては冷や汗の時間でもあるわけですけれど)

その「お前」という言葉だけを切り取る必要はどこにあるのでしょう。

言葉というのは同じ単語でも言い方によって異なる意味を持ちます。
いじめなどの場で「お前」と使うのとは違う。
愛のある「お前」という、あくまで歌詞であるということ。
それを鬼の首をとったかのように・・・なんだか悲しいです。

繰り返しますが、疑問に思う表現もあります。
個人的に「倒せ」とか「ぶっ潰せ」とか、そういう言葉は
昔から球場で聞く言葉ですが正直好きであはりません。
なぜならこれは「(相手を)倒す」と言う意味だからです。
ですから、「お前」と言う言葉を相手に使っていたらまた違うと思います。
「お前が三振すればいいのに」というような相手に言う使い方はどうかな・・・と。
相手のミスを願うのではなくあくまで味方の頑張りを期待したいのです。

ただ、そう思えば思うほど、ドラゴンズのこの歌には
頑張れ、打ってくれ!という想いありきで「お前」という言葉がある、
そしてもう既にファンの間に浸透していて、
みんなが一つになれるチャンステーマとなっている、
そういう今、自粛って・・・気落ちしてしまうのも無理はありません。


うーん、言葉を扱う身としても、ここに目くじらを立てるのは違うと思うのです。


どんなにきれいな言葉でも、汚い気持ちを持っていたらそれは凶器になり、
どんなに雑な言葉でも、愛があったらそれはエールになると思うんだけどなぁ。


ただ、選手自身が「お前」と言われて気分が悪いと訴えたのであれば別です。
やはり発信する側がいて、受け取る側がいて、初めて「言葉」が紡がれるからです。

あと、「お前」を使うのは辞めたほうがいいという意見が圧倒的多数ならこれも話は別です。
でも、おそらく少数でしょう。

うーん、残念だなぁ。

いかがでしょう。

# by mikikasai819 | 2019-07-01 21:48 | にっき(日々の出来事) | Comments(4)

初めてのお店で初めての衝撃

初めてのお店で普通に「ラーメン」を頼もうと思いました。

でも、ふと野菜不足が気になり、健康を考えて「野菜大盛り」を選んでみたのです。

初めてのお店なのに、です。


すると、程なくして・・・


人生の中で自分では見たことも食べたこともない山盛りのラーメンが出てきたではありませんか!


目を疑いました。こ、これ?


ふと見ると隣席の女性はそもそもミニラーメンではありませんか。

うわーー、そういうサイズあったの?!


サイズ感が違うことに気づき、血の気が引きました。


普段私はどちらかというと少食なのに。

自分の思いつきに泣きそうになりました。


とにかく食べるしかない。


山盛り野菜の奥の奥(下の下?)に麺。山を崩して食べる。


ラーメンは美味しいのです。

しかし510分食べても一向に減らないのです。


食べ切れる気がしない。食べ切れないにしてもあまりに多くを残すのは申し訳ない。


途中から大食い選手権に出ている気分でした。

色々考えると手が止まり挫けそう。


でもひたすら食べて・・


ついに完食!!!


喜びは半端なかったです。

胃が苦しいですが、食べ過ぎた後悔よりとにかく安堵感でいっぱいです。


【教訓】初めての店ではまずノーマルを注文すべし。

【気づき】人は焦ると写真を撮る心の余裕がなくなる(笑)。

今思えば1枚撮っておけば良かった!


# by mikikasai819 | 2019-06-11 12:19 | にっき(日々の出来事) | Comments(2)

自分の気持ち

今、心から思うことがあります。
それは、同じ内容を記すのでもSNSとブログは違うということ。
当たり前だけど明らかに異なるものだなぁということ。

面白いもので、何かを真摯に伝えたい、想いを発信したいという気持ちになった時
私が立っている場所はこのブログの入口。
10年前はほぼ毎日書いていましたが
今はかなり少ない回数になってしまいました。

でも、なんだろう、この安心感。
ネットに残るのは同じでも、ブログの方が、
細かいニュアンスが自分の気持ちどおりに伝えやすいような気がします。

ブログを始めた14年前と比べて、本当に今は、ひとりひとりの一つ一つの言葉に
疲れてしまうことが多くなりました。
それぞれにいいところがあるけれど、正直SNSにはちょっと疲れてしまったかも。
みんなきっとそういう葛藤の中で呟いているのかな。
そんなことないのだろうか。匿名だったら誰だかわからないですものね。

様々な言葉の洪水におぼれて行き先を見失わないように。
もっと言うと、自分自身を見失わないように。
日々勉強です。

# by mikikasai819 | 2019-06-11 09:41 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

令和最初の投稿

ブログをご覧になってくださりありがとうございます。
平成最後の記事から早25日(驚)!
5月とは思えない暑さです。

私はこのブログにちなんで、名刺のデザインを
「このきなんのき」の木・・・をモチーフにしたものにしています。

お渡しすると必ず「うわー、綺麗なお名刺ですね!」と
声をかけていただきます。
その時に「このきなんのきかさいみき」というブログを書いています!と
話が膨らんでいきます。
もっというと、その由来が就職試験にあったりすることまでも。

だからこそ、以前のように毎日長文が無理でも
思ったことを自由に記す場所として
ブログは大切にしていきたいなと改めて思ったのであります。

日々Twitterではつぶやいています。
ぜひチェックしてくださいね。

ちょっとここのところストレスが溜まりやすいので
楽な気持ちで進めていきたいと思います。

令和2度目の投稿は近いうちに。

# by mikikasai819 | 2019-05-25 19:42 | にっき(日々の出来事) | Comments(2)

平成最後の日に思うこと

平成という時代が終わります。

私は平成元年に中学生になりました。
バブル時代だったんですよね。
中学生には悲しいほどに何の恩恵もありませんでした(笑)。
そこから高校・大学と進み、社会人になったのが平成11年。
つまり、学生だった約10年間が平成の最初の10年ということになります。
ここまでは元号の「平成」をよく使っていたように思います。
履歴書を書くときにも必ず必要でしたし。

元号をあまり使わなくなってきたのは
2000年代になってからかなと思います。
まさにミレニアム・21世紀突入のときには社会人になっていました。
そこからは西暦の方が多く接するようになりました。

今振り返ってみると、昭和生まれの身ではありますが
上記理由により、昭和は小学生以下だったため自発的思い出というのはほとんどなく、
まさに平成の世を生きてきました。

・・・平成最後の日の今日は、まさに平成元年に中学1年生のクラスで知り合い
30年間ずっと仲良くしてきた友達と昼過ぎからカラオケをしてきました。実に久しぶりでした。
10代~20代前半はカラオケブームでしたから、もうそれはそれは多くの歌を一緒に歌いました。
青春でした。いい時も悪い時もありました。全部近くで見てきた友達です。

17時には退位礼正殿の儀をLIVE中継で観ました。
昭和の終わりでは考えられないことですね。

・・・とまあ、便利になったことは実にたくさんありますが、
明らかに窮屈に思えることも増えたように思います。

ネットが普及したことにより、匿名で好き勝手に主張ができる時代、
あちこちでSNS炎上が毎日のように起きていますが、気分のいいものではありません。
誰かを叩いてスーッとする感覚?間違った正義感の振りかざし?
・・・コメントへの責任が問われます。

また、自分の意見以外は許容できないという空気や
多数の意見が正解のような空気が横行しているようにも思います。

様々な考えがあっていいはずなのに。それが健全なのに。

何を思っても自由です。但し、それを押しつけなければ。

平成最後の日をどう思おうが自由なのです。
私は、一つの時代が終わるのだなという点で、とてもしみじみしていますよ。
それ以上でもそれ以下でもありません。

今日会った友達は「年越しみたいだね。でも寒くなくていいね」と言っていました。
うん、ホントだね(笑)。

心穏やかに令和の時代を過ごしたいです。

明日になって何かが格別に変わるわけではないですが、
これまでの日々にしっかり感謝して、これからもよろしくお願いします。

# by mikikasai819 | 2019-04-30 23:24 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

認知症の祖母が特養へ・・・介護をしてきた母への想い。

私の祖母は97歳です。
多趣味でおしゃれで頭の回転も速くて、80代後半からパソコンを覚えるなど好奇心も旺盛で
自慢のおばあちゃんでした。
それがここ数年で衰えが激しくなり、昨年から認知症も出始め、
今では私のことも分からなくなってしまいました。
(その時の最初のショックの記事はこちら

それでも食欲もありますし寝たきりではないので
デイサービスに週3回行くなどしていました。

その傍には、いつも母がいました。
祖母は母の実の母です。
娘だからこそのわがままもあったと思いますが、
さすがに排泄など一人でできなくなってからは
大袈裟でなく母が24時間、深夜に何度も祖母に起こされるという過酷な中で
世話をしてきました。

ショートステイも組み込みながら介護してきましたが
いつも母の脳内には祖母のことがありました。
出かけていても「早く帰らなきゃ」と常に思っていましたし、
体が痛いと言うから「どこが痛いの」と聞いても会話が成り立たずに疲弊していました。
でも、ずっとずっと介護し続けてきました。
実の母だから、なんとか自分の手で助けてあげたいから。

そんな母が先月「もう限界・・・」と電話口の向こうで涙を流しました。

もうその前から私は祖母より母の方が心配で、
もっとプロに頼む手段を進めたほうがいいと感じていました。

でも、母の懸命な姿も見ています。
母は本当に必死でした。祖母が過ごしやすいように、なんとかしたい、してあげたい、
その想いはひしひしと伝わってきました。
でも、文字通り限界でした。
睡眠時間は削られ、祖母のトイレには毎回付き合い、
飲ませる薬をチェックして、ご飯を食べさせて、
・・・もう、ここに書いているだけで私がしんどくなります。
でも、それをすべて母は一人でやってきました。

そして、とうとう、限界と自分自身が思って、納得して、
自宅での介護をあきらめて、特別養護老人ホーム(以下「特養」)に入所させることにしたのです。

母は本当にホッとした表情を見せました。
同時に本当に哀しそうな、申し訳ない表情も見せました。

それが答えなのだと思います。

これ以上自分一人では面倒を見られない、自分が壊れてしまう(既に壊れ気味)、
でも、何もわからない祖母を特養に入れることに罪悪感が押し寄せてくる。

そんな日々が過ぎて、

まさに、今日、祖母は特養へと入所しました。
(正式にはショートステイから移行していくらしい)
施設から車のお迎えが来ても、祖母はもちろん、
また自宅に帰ってくるだろうと思って乗り込んだと思います。
それがまた辛くて泣けてきたという母。

生放送中にそんな話を織り交ぜたら、
番組の最後にBUMP OF CHIKENの「花の名」が流れてきて
(ディレクターが偶然選曲していたのですが)
その旋律と歌詞をを聞いたら涙が止まらなくなりました。危ない危ない。

母が極度の喪失感に苛まれないか心配です。
なるべくこまめに声をかけていこうと思います。
本当にここまで頑張ってくれました。

また、祖母に全く会えなくなるわけではないので
たとえ自分のことを分かってもらえなくても、たくさん顔を出したいです。

文章にすると表現が陳腐になってしまっていないか心配ですが、
本当に、この一連の出来事は、自分の心に大きく刻まれました。
過去形ではなく進行形であり、これからも考えていくべきことだと思います。

※なんというタイミングか分かりませんが、
アナウンサー受験時代の友人の山野本竜規くんがこのようなブログを今日アップしていることに今気づきました。
偶然にしては本当にすごい・・・特に後半部分の介護の記述。思わず読み込んでしまいました。

# by mikikasai819 | 2019-04-12 23:24 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

新元号発表、その瞬間。

新元号「令和」という文字はPCで一発で変換されません。
当たり前か・・・
令の字は7番目に出てきました。でも和は1番目。
徐々に慣れてくるのでしょうね。
菅官房長官が発表する時の、国民みんなが注目している感覚、
私もその中におりました。
しかし、ちょっと普通ではないシチュエーションで(笑)。

今日4月1日の午前10時半に私はエステの予約を入れてしまっていました。
予約を入れたのがもう1か月以上前で、完全にノーマークでした。
その瞬間に立ち会いたくても、新元号が発表される11時半、
私はこのままだとベッドの上にいることになります(苦笑)。
別に予約をずらすほどでもないのでしょうが、
終わるのが12時過ぎと考えたときに、ほんのちょっとのことでも、
ああ、私はネットニュースで後から知るのかなーと思って一抹の寂しさを覚えて。

そもそも、エステティシャンの方はどう思っているのかしらと。
やはり気になるものではないか?
いや、お仕事中だからそういう雰囲気は封印か?

実は、ここ数回行ったことがある程度で、
担当者とは正直まだ親しい間柄ではありません。
エステというよりはどちらかというと骨格矯正の意味合いも強く
姿勢をよくしたいなーと思ったのがきっかけです。
でも大変人気のサロンで、1ヶ月に1回予約が取れれば御の字という状態。
そういうわけで、今回もだいぶ前から4月1日を押さえていました。
「ついたち」が好きな私としては、この日からリセット!みたいな
もう、絶好の日でして(笑)。
しかも新年度!リセットパワーも強いのでは?!(笑)

でも新元号発表の時間と重なったとこういうオチです(苦笑)。

そう思いながら、いざ10時半。サロンを訪ねます。
完全個室。ほかのお客様も施術者もゼロ。
「よろしくお願いします」

とりとめないお話から入り、姿勢の話、食生活の話など、
ためになる話題ももちろんありながら、
新元号のことどう思っているのかなーと探りたい気持ちもあり、
でも、いざ施術が始まると体を預けておりますので、
私はうつぶせの状態で何かをするというわけにもいきません。

11時15分頃。ついにその話が出ました。

「元号って何になるのでしょうねー」
「いよいよですねー」

うん、そうそう。

「気になりますよね」

そう?そうよね?

「はい、気になります」

えい、この勢いで聞いてみよう。

「あのー、このお部屋にはラジオやテレビはないでしょうか」

お約束でラジオを先に言ってみる私(笑)。こういう時こそラジオでしょ。
でも、今回ばかりは漢字を確認したいな、菅さんの表情も観たい・・・というのも本音。

「あー、ここにはパソコンしかないのです」

そうかー、なるほど・・・よし!!!

「発表の瞬間、興味あります?」
「ええ、もちろん」
「それなら、私のipadで手元で確認できますけど、いかがですか?」

提案してしまった。すると・・・

「いいんですか?(お客様に対しての施術中なのに)」
「いいんですか?(施術をしていただいている途中なのに)」

お互いの希望が合致した瞬間だった。
なーんだ、やっぱり気になっていたのね。

ということで、5分前になったらipadをカバンから取り出す段取りになりました。

・・・

・・・

「5分前です」

担当者の方はクリームがついた手を洗って私のカバンからipadを取り出しました。
「カバン相当重いですね、これは体に良くないですよ」と注意されながら(苦笑)。

内閣官房のライブ中継は既に30万人が視聴していると出ていました。
これがどんどん増えていくことになるのです。

ん?

ipadの時計は11時半となっているではありませんか?

あれ?もう11時半?
どうやらサロンの時計は5分遅れていたようです。
危ない危ない!間に合った!!!

施術の手もとまり、うつぶせの私と、その横に佇む担当者。
支線の先にはipad。

さあ、いよいよだ!!!

・・・

・・・

・・・

あれ?菅さん、入ってこない。

2分、3分、5分。

全く発表される気配がありません。
その間、ずっと私たちは同じ体制でいるのでした(笑)。

「まだ、でしょうかねぇ」
「そうですねぇ」

10分経っても始まらない・・・

「あのー、背中のマッサージだけ進めておいてもいいですか?(笑)」
「はい、お願いします(笑)」

不思議なシチュエーション。
部屋の中に私とその担当者さんだけ。
繰り返しますがそこまでそんなにまだ親しい間柄ではありません。
でも、一体感を感じて笑いさえ起きる雰囲気。

「うっ、痛い!」
「肩甲骨の部分を伸ばしています」
「うーっ、効く!でも痛い!」

そうこうしているうちに、菅官房長官が。

いよいよです。

今度こそ手を止めて、ipadに注目です。

掲げる新元号2文字が書かれた2文字を、
間違ってさかさまにしてしまったりしないだろうかと
余計な心配をしながら、その瞬間が来ました。

「令和」

なんともいえない感覚が押し寄せてきました。

私は「R」で始まる元号になるのではと今朝ひとりで勝手に思っていたのですが
RyuだったりRyoだと思っていたので
Reという音の響きは意外でした。
何より、昭和で「和」が使われているので、ここで再び登場するのはとても意外でした。
1人でこの瞬間を観ていたらそこまでの感想だったと思います。

隣にいらしたエステの担当の方がこうおっしゃいました。

「和が入ってるのがいいですね!和が入っていて嬉しい!平和であってほしい!」

誰かの感想・・・ここでは私ともう1人しかこの空間にいない担当者の感想。
この一言が、なんだか心に響きました。
そうしてきっと忘れないんだろうな、今のこの空間を・・・と思いました。

1か月後に令和が始まってどんどん歳をとって、
それでも、私はあの日、まだ行き慣れないエステサロンの部屋で
不思議な連帯感を持ちながら、なかなか発表されない元号を待ちわびていたなぁ・・・と。
そして同じ瞬間を別の場所で様々なことを思いながら、
多くの国民が新元号を受け止めたのだなぁ・・・と。

・・・

・・・

・・・

結局その後、施術に戻りました。
痛い時間ばかりではなく、うとうとしていたところもあったので、
「さっきの、令和の発表、夢ではないですよね?」と
思わず確認してしまったほどでした(笑)。
途中止まった分もサービスしていただいた形で13時近くまで(笑)。

スッキリした体で、これから仕事に向かいます。
平成はあと1ヶ月です。

あー、久しぶりにたくさん書いたー!!



# by mikikasai819 | 2019-04-01 15:17 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)
元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。
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