元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。


by mikikasai819
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2018年 10月 14日 ( 1 )

実況・描写の苦い思い出

昨日の花火大会から一夜明けて、まだちょっとボーっとした感じですが、
今日はまた夕方からセミナー司会があるのと、
その前に来週の披露宴司会の打ち合わせがあるので
モードを切り替えていかなくてはなりません。

さて、そんな中でも、やはり、昨日の花火の描写について、
自分でもう少しこうすべきだったなぁという思いが
まだくすぶっておりまして(苦笑)。
まあ、反省しても後悔するなということなのですけどね。

そんな中、苦い思い出がよみがえってきました。
久々に伝記ジャンル。

・・・それは、1998年。うわー、20年前だ(苦笑)。

私はアナウンサーになりたい大学生で、
全国津々浦々放送局を受験していました。

5月に富山県にある北日本放送の試験がありました。
なんと4日間に渡るものでした。

まず初日(1次試験)に1分ほどの原稿を渡され、
その場ですぐ合否が言い渡されます。
結構これが露骨で、容赦なく落とされます。
読みの基本ができていないとダメということですね。
「さっき富山に着いたのに、もう帰るの?たった1分?」と
泣きそうな女の子がいたことをよく覚えています。
私は・・・ありがたいことに合格してその場で宿泊費が渡されました。
サバイバルクイズみたいですよね。

そして翌日。そのまま2次試験。22人。
筆記のあとカメラテスト(ニュースをアナウンサーのように読む)、
さらにディベートと自己PR。
結果は皆が集まったところで発表され、私を含め11人通過でした。
隣の席に座っていた人は、泣きながら荷物をまとめて部屋から出ていきました。

ここまでは合格する側の立場でしたが、翌日の3次試験。

結果から言えば私はここで通過できませんでした。

理由は明快でした。
お恥ずかしいですが、まあ、この仕事に就く前ですし、
記憶としてここに残しておきましょうか。

・・・

・・・

「この部屋を描写してください。」と言われて大失敗したのです。

写真を見てその様子を伝えるなどの練習はしていましたが、
大抵そういうものは特徴あるシーンだったりするわけで。


今、この、面接会場の、特に何の変哲もない応接室を・・・?


・・・今なら部屋の広さ、部屋に置いてある物、
ありとあらゆるアンテナで話し続けると思うのですが、
当時の私はこういう課題が初めてでした。


どうしよう、でも、やるしかない。



「面接官が5人います・・・」


まあ、確かに目の前の描写だけど・・・(苦笑)



その時、


部屋の窓の外から青空が見えたのです。



「窓から見えるのは青い空です・・・」


まあ、拙いけれど、これも描写としようか・・・(大汗)



問題はそのあと。



「これだけのお天気だと布団を干すと気持ちがいいと思います。
私の実家は寝具店を営んでおりまして・・・」



そう、描写と言われているのに、フリートークに無理矢理持っていき
自己PRで流暢に乗り切ろうとしてしまったのです。

完全に相手が求めているものとは異なります。
でも、これが自分の限界でした。


「はい、結構です。」

そのあと面接官の皆様から

「惜しいなぁ。昨日原稿しっかり読めていたのに」と言われました。
嫌な予感以外ありません。


夕方4時半、この日は番号が張り出されたのですが
私の番号はありませんでした。
11人まで残ったのに、最後の5人には残れませんでした。
この日の翌日が最終試験でした。
こうなってくると1次試験でダメだった人より
(って比較をするものでもないけれど)
2日間通過できた分までも悔しさが増してきます。
一緒に帰ることになった(つまりは不合格だった)男の子は、
あまりの悔しさからかエレベーターの壁をいきなりガン!と叩いて
ビックリしました。
おいおい!と思うかもしれませんが、
本当にアナウンサーになりたかった当時の学生たちにとって
真剣勝負であったことは間違いない事実です。

私自身はさすがに局を出るまでは平静を保ちましたが、
富山駅まで来たところで号泣しました。
明日最終だったのに。
というより、描写が全くできなかった自分の未熟さに。


・・・あれから20年。(きみまろ風に)



ニュース・情報を正確に分かりやすい言葉で伝えることや
司会の現場で場の空気を醸成することなどは気づけばベテランの域になりましたが
実況・描写の分野は、あまり足を踏み入れていないなぁ・・・と
昨日の花火大会で思ったのでした。

昔はオールマイティーなアナウンサーになりたい!と思っていましたが
20年経てば、自分の得意なもの、そうでないものもあります。
実況専門で頑張っている同業者に
「ニュースはどうも苦手で・・・」とか
「司会は実はやったことない」と言われることもあります。
それでいいと思うのです。

でも、ふと、あの北日本放送の応接室の・・・
やけに窓からの青空が目に入ってきた、
いや、それしか私を救う道がなかったあの瞬間のことを思い出して
遠い目をしてしまったのでした。

by mikikasai819 | 2018-10-14 14:11 | でんき(昔の出来事) | Comments(4)