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このき なんのき かさいみき

2006年 10月 31日 ( 1 )

コブクロとの再会、自分との再会。

ラジオのパーソナリティーをしていたというと、
「どんな芸能人と会えるの?」「有名なアーティストが来るの?」
「ライブ、いっぱい見られるの?」と目を輝かせて聞かれることがあります。

答え:Yes。
もちろん、一概には言えませんが、それが仕事ですから。

そんな中で、私にとって忘れられないアーティストがいます。
「コブクロ」です。

彼らを初めて知ったのは、デビュー前のコンベンション。
レコード会社が全国の放送局のディレクターやパーソナリティーを呼んで、
「今度新しいアーティストがデビューするので、よろしくお願いします」という意味の
お披露目・・・プロモーションに、偶然私が会社を代表して足を運ぶことになったのでした。
今からもう5~6年前です。
朝の番組を終えてひと仕事してから、新幹線で東京に向かいました。

そのときのライブは、実に衝撃でした。

タイミングの関係で最前列に座ることになってしまい、
小心者の私は「えー、後ろでそっと見るからいいよー」と思っていたのですが、
今思うと、最高の席で最高の音楽に出会えたことを誇らしく思っています。
というのも、確か3曲ほど、アコースティックギターのみで披露してくれたのですが、
1曲目「光」から、涙が止まらないのです。
私は、仕事できているのだ、冷静に聞かないでどうする!と
もう一人の自分が言っているのですが、
結局のところ、自分自身が素で感動したことが究極の答えだったのです。

帰りに、東京の大学時代の友人と飲んだのですが、
「コブクロという名前を覚えておいて。そのうちきっとメジャーになるから」と
いつになく力説したのをよく覚えています。

その後、彼らは「Yell~エール~」という曲でデビューを果たしました。
コンベンションで同じように共感した放送関係者の強力なPUSHもあり、
幸先いいスタートを切ったように思えました。

そのうち、国民文化祭という、国体の文化バージョン?のイベントが
2001年、群馬で行われることになり、その中の一環で、
県庁前の広場を使ってライブをするという計画が持ち上がり、
なんと、そこにコブクロが登場することになりました。
そのPRもかねて、彼らが公開生放送に出演することにもなり、
私がお相手をつとめることになったのでした。

彼らは実に誠実で、歌に対して全力で、生放送中にミニライブもあったのですが、
そのリハーサルのときなども楽しそうにギターを弾いて、楽しそうに口ずさんで・・・と
今でもはっきり思い出します。
私と偶然同学年だったこともあり、放送前の雑談内容も共通話題がたくさん!
BOOWYやCOMPLEXが好きだったという話をすると、
リハーサルのとき小渕くんがギターで1フレーズ、
気づく人には気づくようにさりげなく弾いてくれたのも印象的でした。

国民文化祭の本番ライブには、3000人が集まりました。
11月の寒空の下です。ちょうど今頃の気候、時間は20時ごろですよ。
しかも群馬ですからね!吐く息が白かったと記憶しています。
そんな中、彼らを初めて知る人も、彼らの地元である関西から駆けつけた人も、
老若男女一体となったあの瞬間、寒さは吹き飛び、
司会をしていた私はライブの後、台本にないことを無意識に口走ってしまいました。
「この場所で司会ができたことを光栄に思います」って。

そんな、アナウンサー人生の中で忘れられない瞬間を味わえたコブクロの歌でしたから、
私は、自分がFM群馬を退社する最後の放送、2002年12月31日の担当番組、
最後の最後にかけたラストソングはコブクロのYell~エール~で即決でした。

・・・国民文化祭から5年、最後の放送から4年、確実に月日が過ぎさりました。
この間、音楽の現場の最先端から離れてしまって
ここのところ、しばらくコブクロの活躍ぶりとは逆に、
ほとんど歌を聴かない状況が続いていました。

そこに、友人Kからのお誘い。

「美紀~、コブクロのライブ、一緒に行かない?」

私は4年ぶりに彼らのライブを見ることになったのでした。

席は武道館の最後列。
Kは「ごめんね、もっといい席がよかったんだけど」と恐縮していましたが、
むしろ全体を見渡せることで、彼らが本当に大きな存在になったことを
私は改めて感じたのでした。

☆ここからはネタバレがありますので、読むか読まないかはご判断ください。☆

今回のライブは、ベストアルバムが発売されたことによるものだったので、
シングルを中心に、なじみのある曲ばかり。
でも、個人的には、私は初期のアルバムの歌のほうが歌詞を覚えていたりして、
逆に有名な最近のシングルも新鮮だったりして、マイペースで楽しみました。
MCの面白さは健在。
特に、黒田くんはなぜあんなにトークが展開できるのだろうというくらい、
会場中が笑いの渦。

そんな中で、ライブは生もの、ハプニングはつきものということを
身をもって体験する出来事がありました。

まず、黒田くんが、「桜」の歌詞を間違えてしまったのです。
Kは「さっき、歌詞がちがったよね」とすぐ気づいていましたが、私はわからず(爆)。
すると、そのうち、バンドマスターの方が体調を悪くされたようで、
ライブ中断を余儀なくされてしまったのです。
そのとき、黒田くんが臨機応変なリクエスト。
小渕くんに「悔しいから、もう一度「桜」を歌いたい」と言ったのです!!
もちろん、予定外の動きです。
なんと、あの大きな武道館という会場で、アコギ1本で再度「桜」の熱唱。
ファンは大喜び。
小淵くんは感極まって泣いてしまっていました。
「桜」は、最近リリースされた曲ですが、実はデビュー前、
それこそ、最初にできあがった思い出の曲なんですよね。
群馬のときもそうやって歌っていたことを思い出します。

そのうち、バンドマスターの方も復帰。
笑いあり涙ありのライブは無事続いていったのでした。
みんなで一緒に歌うところ、マイクを使わず生の声で歌うところ、
コブクロドットコム!というHPのアドレスコールも健在!

そして、アンコールの最後の曲は・・・「Yell~エール~」でした。
途中からそうかな、そうかなと期待していました。
この曲だけ、なかなか出てこなかったので、きっと最後の曲だろうと。
でも、私、これを聞いたら、自分自身どういう反応を示すんだろう。
どういうことを思うんだろう。
それほどに思い入れのある曲だったのです。

イントロが始まり、あのギターが流れ、会場のお客さんは手拍子を始めました。
うーん、バラードなのに手拍子・・・?と正直ここは違和感がありましたが、
それぞれの気持ちで音楽は聴くものだ!と心を落ち着かせ、
私は直立不動でまっさらな気持ちで4年ぶりの生の「Yell~エール~」と向き合いました。

・・・

・・・

やっぱり、涙腺のふたは無意識に開いてしまいました。
ライブ会場の最終回の放送、FM群馬のスタジオ、リスナーからのメッセージ、といった
具体的なものももちろん、
大好きなラジオから離れる決意をしたときのこと、
自分を見つめなおして苦しんだ日々のこと、
そして今、多くの人に支えられて自分なりの道を歩んでいること、
言葉にならない想いが次から次へとあふれてきてしまいました。
しかし、我ながら音楽にのせてしゃべる職業をしていただけあって、
ほんの一瞬、不安がよぎりました。

「これ、最後の曲だし、もしかして、転調のところで客電が全開になってしまわないか」

不安的中(泣き笑い)。

最後の盛り上がりのサビ部分、すべての客電が一気に明るくなりました。
涙はそんなに簡単に止まりません(><)。
でも、その明かりが、また私の気持ちを前向きにさせるスイッチにもなりました。
過去を振り返ってばかりじゃなくて、それこそ花を咲かせるために、
自分に自信を持って、一歩一歩進んでいこうという気にさせられました。

そして、多分、退社して本格的に、自然に、心からこう思えたのは
もしかしたら初めてかもしれないのですが・・・
せっかくなのでためらわずに書いてみると・・・

「また、ラジオでトークがしたくなりました」。

もちろん、明日・明後日の話ではなくて、いつの日か、
放送局の大小じゃなくて、自分を必要としてくれるところで、
ガツガツではなくて、自然な気持ちで・・・。

コブクロ、ありがとう。そして長文を読んでくれた皆様、ありがとう。
by mikikasai819 | 2006-10-31 23:59 | にっき(日々の出来事) | Comments(14)
元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。