元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。


by mikikasai819
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時代ごとの卒業式

3月は卒業シーズン。袴姿の学生さんを多く見かけました。
うらやましいなー。
かくいう私も大学卒業時には袴で出席しました。
大好きなんです、袴。
成人式の振袖はたいそう似合わなかったけれど(苦笑)、
袴は自分にしっくりきた記憶があります。
ちなみに当時は赤が流行っていて、周りの同級生は赤ばかりだったので
あまのじゃくの私は青を選びました。
あー、また着る機会があったらなぁ。

さて、各時代の卒業式のこと、ふと思い出したのでここで記しておきます。
(完全に伝記ジャンル)

小学校
ひとりひとりが決意を述べてから卒業証書を受け取るという式だった。
みんな泣いていたけれど恥ずかしいから泣くもんかと思っていたのに
最後の合唱で担任の先生が泣き出したのをみて完全にもらい泣きをした。
今でこそ私立に進学するのは珍しくないが、
30年前なのに学年の3分の1が私立に行くという驚く事態に。
寂しかったなぁ。それだけ地元の公立中学が荒れていたということ。
この時代、本当に校舎の窓ガラスが割られていたし、
先生の車がひっくり返されていた。

中学校
最後の合唱で泣くわけにはいかなかった。
なぜならピアノ伴奏だったからだ。
全員で歌う大地讃頌、感動したなぁ。
制服の第2ボタンをもらうことはできなかった。
なぜなら、付き合っていた男子から冬にフラれたばかりだったからだ。
お別れするなら卒業してからにしてほしかったものだ(苦笑)。
ちなみに失恋理由は・・・私が相手を意識し過ぎたあまり
恥ずかしくて学校で全く話せなくなってしまったからだった。
かわいいじゃないか、自分(笑)。今ではありえない(爆)。

高校
女子高だったので第2ボタンという儀式はそもそもなかった。
皆勤賞で表彰された。
私ではなく親が起こしてくれたおかげで無遅刻無欠席だった。
寝坊しなかったのは母だ。間違いなく母に捧げたい。
校歌斉唱の際、最後だししっかり歌おうと思って大きな声で歌ったら、
この日に限って思いっきり歌詞を間違えた。
サビの歌詞が、校名のあと、
1番 その名も高し 2番 その名も久し 3番 その名も清し
似ているんだよね・・・おかげで周りのクラスメートが吹き出した。
しんみりしていたのに申し訳ない!

大学
全体での式のあと、学部の専修ごとに教室が分かれた。
なぜか全員に缶ビールが配られた。
あれは今思えば誰が用意したんだろう。大学か?
4年間授業に真面目に出席し板書をしっかりまとめていた最前列のMくん。
テスト前に直接かつ間接的にお世話になった人多数のため、
(私も例外なく。Mくんのことは一方的に知っているだけ。)
卒業できたのは彼のノートのおかげだということで
200人近い学生たちで500円ずつカンパしてお礼をした記憶がある(笑)。
夜はゼミのみんなで飲みに行き、朝までカラオケ。
既にFM群馬でアナウンサー研修を始めていたため、
歌い過ぎて喉が痛くなったとき焦って冷や汗が出た。懐かしい。

こんな感じ。既に大学卒業ですら20年前という恐ろしい年月の経過。
でも、全部大事な思い出。記憶が薄れぬうちに記してみた。
(もうここまで忘れていないんだからこの先もきっと忘れない。
最近のことはすぐ忘れるのにね・・・)

Commented by ラテ at 2018-03-31 14:51 x
河西さんって自分世代だと氷室冴子の小説とか吉田秋生の漫画に出てくる女子って感じですね。なんか全力で憎めなくてかわいい。ちょっと
Commented by mikikasai819 at 2018-04-02 04:20
ラテさん、ありがとうございます。
この文章は「ちょっと」の後に何か続くはずだったのでしょうか?
氷室冴子さんというと「なんて素敵にジャパネスク」のイメージですが、他にも読みたくなりました。
全力か・・・確かに昔は本当に全力でしたね。今は力が入らな過ぎですが(苦笑)。
by mikikasai819 | 2018-03-30 06:05 | でんき(昔の出来事) | Comments(2)