本当の意味で輝く女性に。

某生命保険会社のリクルートビデオのナレーションをしてきました。
いかに企業に関心を持ってもらうか、考えながらマイクに向かいました。
今日の内容は女子学生向け。
結婚・出産・育児という人生の大きな節目で、
どのようにサポートするかという内容もあり、関心が高かったのは事実です。

私はその昔、キャリアウーマンになるのが夢だったことがありました。
やりがいのある仕事についてバリバリ働いて、
スーツを着こなしてハイヒールを鳴らして歩いて、
英語も話せて海外出張もあって、手帳には会議の予定ばかりぎっしり。
結婚なんてしない。ひとりでバリバリ!が目標!!!
・・かなりイメージ先行ではありましたが、あこがれていたのは事実です。

しかし、大学時代に出会った男友達が、さらっと言ったのは
「あー、河西さんは無理無理。キャリアウーマンは無理だね。
別に責任感がないとか仕事ができなさそうとか言っているわけではなくて
むしろちゃんとがんばるタイプだってわかってるけどさ、
ひとりで何でも背負っちゃって頭の中の整理ができなくなっちゃいそう。
絶対、誰かがそばにいて、支えていなきゃだめだと思うから独身はありえないね。」

なるほどね・・・。実際そうなったから友達の視点は間違っていなかったということです。

でも、冷静に考えると、結婚してるからとか独身だからとか
子供がいるからいないからとか
それは今の世の中、キャリアウーマンの条件ではないように思います。
考え方によっては、働いている人はみんなキャリアウーマン。
モチベーション高く、イキイキ働く人もいれば、
眉間にしわを寄せながら、イライラ働く人もいる。
毎日は無理でも、前者に近づきたいなーと素直に思います。

ただ、それこそ友達の言葉通り、頭の中の整理ができないときはあって、
実は今日、まさにナレーション収録の直前まで、
原因がわからないもやもやした気分に悩まされ、
やる気はすごくあるのに、どうしたらこの状態を払拭できるかわからなくて、
大きく深呼吸してからスタジオに入ったのでした。
そうしたら、ナレーションする映像がリクルート用ということもあって
読んでいるうちにモチベーションがあがってきたのですから不思議です。

・・・って何を書いているのかわからなくなってきてしまいましたが、
(やはり整理ができていない・・・)
今日は迷いながらもいつも以上に自分のすべてを出し切れたと思います。
輝くキャリアウーマンを目指して、ゆっくり寝たいと思います。
# by mikikasai819 | 2005-11-21 23:07 | はたらき(お仕事) | Comments(0)

闘魂こめて遠征しました

プロ野球のお仕事が終わって、早1ヶ月。
私はこの日を楽しみにしていました。
それは・・・

「巨人VS阪神OB戦

私は、これまでにもこのブログに書いてきましたが、
小さい頃の巨人が特に好きでした。
そのときの興奮がよみがえるようなメンバーが出場するのです。
この試合を知ったとき、私は、即効チケット購入に走っていました。

ちなみに会場は「静岡県営草薙球場」。

ふふっ。

そんなわけで、新幹線と静岡鉄道を乗り継いで本日行ってまいりました。

1塁側の内野指定席を取ったのですが、球場自体が小さいので
とても身近に選手を感じられるのです。
スターティングメンバーの発表から、もう私はひとりで興奮状態。
心の中で叫んでいました。

「うわー、原さんだ!!」「王監督だ!」「鹿取!福王!あっ、岡崎!懐かしい!」
「篠塚ー!!」「山倉ー!!」「吉村ー!!」「中畑ー!!」
・・・もっといますが、きりがないので。

もちろん、私の知らない世代の名選手もたくさんいました。

試合は、予想以上にヒットが飛び出し、楽しかったですよ。
吉村はホームラン打ってましたし。さすが。
ただ、やはり年齢とともに走れなくなるのは否めませんね。
明らかに2ベースヒットのあたりでも1塁ストップとか、
無理のないように動く守備とか。
それでも、みんなとても楽しそうで、私も終始笑顔でした。

笑顔の理由はもうひとつ。
この試合中、その当時の応援歌が使われていたのです。
そう、私が小学校時代に声を張り上げてメガホンをたたいていた時と同じです。
「かっとばせー、き・よ・しー!燃えろー!!!」
応援団も当時のとおりに忠実に応援します。
懐かしいメロディーのおかげで、うれしくてうれしくて。
阪神サイドももちろんそうでした。
5回裏のあと、サインボールをスタンドに選手が投げ込んでくれる時間があったのですが、
立ち上がってスタンバイしてしまっている自分にちょっと苦笑い。
でも、本当にほしいと一瞬思ってしまいました。

個人的に記憶に残ったのは、
●宮本の速球。直前まで笑っていたのに、本番はかなり本気でした。
●江川対掛布の対決。テレビ解説者同士、何を考えながら向き合っていたのでしょう。
●青い稲妻=松本匡史の姿。コーチをしていたりはしましたが、
彼の姿をこの目で見たのは小学校以来で、本当に感激しました。
松本こそ、私の大好きだった時代の俊足1番バッターです。
でも今日は最初から走るつもりはなかったみたい。
ダメもとで盗塁の格好だけでもしてほしかったかも。
●槙原が投げて打たれた球を原がさばいて篠塚・中畑へ。
まさに私が見ていた頃の再現!!!涙が出そうになりました。

そして、王監督・・・ならぬ王選手のバッターボックスの構え。
私が物心ついたときには引退していたので、
初めて生で見て感動しました。昔と変わっていなかったです。
応援団は「ワンちゃーん!」と。
(王というのはワンと読むんですよね。あとは背番号1というのもある)
恐れ多くて私にはいえなかった・・・。

あとは・・・いきなりお笑いの松村邦洋(阪神ファン)が代走で出てきたこと。
遠目から見て「誰、あの太った選手。引退したからってあれはないよね」と
思っていた矢先だったので、かなり笑えました。

結果は8対7で巨人の勝ち。
MVPはホームランを放った井上真二選手でした。
どうやらベースを回るときに勢いあまって怪我をしてしまったようで。
それもご愛嬌。ハッスルプレーに大拍手です。

静岡からは鈍行で爆睡して帰ってきました。気づいたら東京でした。
いつものパターンです。とにかく、大満足の野球観戦でした。

さて、イタリアから帰ってきて早いもので1週間になろうとしています。
時差ボケもどきはだいぶ解消されましたが、ちょっと体がだるいです。(自業自得)
無理しすぎないようにしなくては・・・と思いながらも、
やっぱり多くの事を吸収したいという気持ちにはかないません!?
でも、今、口内炎(とはちょっと違うのですが、上あごの左側?の炎症)のため
何か食べると元気がその分なくなっていくという悪循環に陥っています。
いかんいかん。明日からの1週間、1歩1歩着実にがんばります。
# by mikikasai819 | 2005-11-20 23:50 | にっき(日々の出来事) | Comments(3)

静粛にいたします・・・

今、
私のいる部屋のとなりに、
知らない男性がいます・・・。
家の中で二人きりで緊張します。
時々、聞いたこともないような音が聞こえてきます。
それにも動じず、男性はすごく真剣な顔でテレビを見つめています。




文章ってすごい。こうやって書くととてもあやしい・・・。

なんて感心している場合じゃない。

改めてもう一度。




今、
私のいる部屋のとなりに、
知らない男性がいます・・・。
家の中で二人きりで緊張します。
時々、聞いたこともないような音が聞こえてきます。
それにも動じず、男性はすごく真剣な顔で・・・

テレビの内部を見てくれています。


・・・そう、この男性には修理に来てもらっているのです(苦笑)。

大変失礼しました。

でも、緊張しているのには変わりありません。
別に普段は男性と二人きりでも緊張しませんし、
玄関開けてみたらとても人のよさそうな40歳代後半くらいの方で、
何かが起こるわけでもなさそうですし(苦笑)。
ではなぜか。
緊張している理由は、終始無言を貫き通さなくてはならないからです。

もともと友達同士の会話でも、無言が嫌いな私でした。
おそらく、今となっては職業病です。
ラジオの仕事をした経験があるからなのですが、無音状態が怖いのです。
黙ったままでは放送事故になってしまいます。
BGMがかかっていればいいのですが、とにかく、そうでなければ、
無音ではいけない!何かを発信しなければいけない!
これはプロ根性の見せ所(聴かせ所)といえたかもしれません。
おかげで、本来の性格にさらにプラスされて、
何か話を生み出すようになりました。
そうそう、生放送中にインタビューなどするときも
相手が「うんうん」と声を出して相槌うってくれればいいのですが、
しばらく無言で首だけうなづいてくださったりすると、
うわー、何か話してほしいなーと密かに願ったりしました(笑)。
テレビだと映像があるので、ラジオならではの話ですね。

さて、この修理担当者の男性。
作業中にいろいろ話しかけてもまずいだろうし、
別に話しかける内容も思い浮かばないし、
(というか、話しかける必要性もないし・・・)
かといって、音楽かけておくのもちょっとねぇ・・・
今の家はそんなに広くないので、どこかの部屋に隠れるわけにも行かず、
こうして隣の部屋でブラインドタッチのカチャカチャした音を
ひたすらお聞かせしているわけです。
(聞いているわけないでしょうけど・・・)

あっ、さきほど一言だけかわしました。

男性「あのー、修理代が1万2000円くらいかかるんですが」
私「・・・・・(うわー、結構するんだなー。でも、見られないと困るもんなー)」
男性「大丈夫ですか?」
私「(自分が無言だったことに気づき、慌てて)は、はい!お願いします」

そしてこれだけで終わるのはもったいない!今がチャンス!とばかり、

私「あのー、どのあたりが故障してしまったのでしょうかねぇ・・・って
まあ、私が聞いてもわからないとは思うんですけどね。アハハ(カラ笑い)」
男性「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

男性は無言だったわけではありませんよ。
なんといっていたか私には解読不可能だったので割愛しただけです(苦笑)。

私「あのー、その修理ってどのくらい時間かかるものなんですか」
男性「そうですねー、40分くらいですかね」

40分!

うわー、その間ずっとこれから同じ空間にいながら無言かぁぁぁ。
助けてくれぇぇぇ。

というわけで、まったくこの男性に罪はなく、むしろ感謝しているわけで、
私はもうしばらくおとなしくしていようと心に誓ったのでした。

おまけ:無言が嫌いな私の性格が垣間見られるエピソード

●中学時代にグループで給食を食べるとき、
まず私は、みんなが喋っているときに無言で食べて、
そのあと、みんなが食べるのに専念しだした頃、一人でべらべら喋っていた。

○ドライブに出かけて会話が途切れると、何か喋らなきゃ!って
間髪いれずに、いろいろな話題をその都度相手に提供していた。

アナウンサーになる前からこうでした。私って・・・。
# by mikikasai819 | 2005-11-18 10:31 | にっき(日々の出来事) | Comments(2)

眠れない夜を抱いて

私は日ごろから夜遅く朝遅い生活をしていたため(!)、
ヨーロッパに旅行したからって時差ボケなんてありえない、
とにかく寝まくれば解消される!と思っていました。

が・・・

眠れない・・・・

2時になっても
3時になっても
4時になっても
5時になっても・・・

こうなってくると朝が怖い・・・
変な時間に寝てしまうと逆に明日に支障が出る・・・・

イタリア旅行で学んだことといえば、
朝食を優雅にかつシンプルにかっこよくとること(笑)。
パン・カマンベールチーズ・ハム・紅茶・・・近くのスーパーで、即、買い揃えた(笑)。
(カタチから入る典型的人間)
初日が肝心。最初から寝坊してしまっては続かない(涙)。
(最初でコケるとやる気を失う典型的人間)
絶対絶対、明日のBreakfast(イタリア語ではcolazione)は実行するぞー!!
そのためにも早く寝なきゃ。

そう思うのに、睡魔が全くこない。

結局帰国した日と翌日は、ほとんど眠れませんでした。
まあ、そのおかげで朝食は目を血走らせながらも実行できました(笑)。

そして、昨日。
もちろん仕事はしましたよ。
速報!スポーツTVのナレーション、日経のセミナー司会、
途中、イタリア語学校にも行きましたから、3つの予定をちゃんと遂行いたしました。

寝ていないのであれば当然どこかで眠く・・・ならない!!!!!!

おかしいなぁ。
こうなると、これって時差ボケというのではないなぁ。
このまま一生寝ないのかな(そんなわけはありえない)。

そう思いながら、昨夜はお酒の力も借りてぐっすり。
気づけば10時半。あー、よく寝たー。
・・・って寝すぎです。

おや?colazioneは?

・・・・
 ・・・・
  ・・・・

そ、そういえば、余談ですが、
小さい頃は、眠れないと恐ろしくて、よく「眠れないー」と半べそをかきながら
テレビを楽しそうに見ている大人たち(両親・祖父母)の元へ駆け寄ったものでした。

すると母は「それじゃ、音楽かけてあげるね」とねじ巻きオルゴールをかけてくれました。
余計眠れませんでした(爆)。
だって、ねじ巻きだからそのうち音楽がだんだんゆっくりになってきてしまって
いつ止まるか考えたら・・・ねぇ(笑)。しかも音楽が悲しげで・・・。

祖母は「足の親指をマッサージすると眠れるよ」といいました。
祖母がやってくれると眠気が来るのですが、
布団に戻って自分でやると全くだめでした(爆)。

祖父は「大丈夫だよ大丈夫だよー」とニコニコするだけ。
おじいちゃーん(涙)。助けてー。

そして父も「大丈夫」と。しかし、その次の一言。
「眠れないなら起きてればいい。一晩くらいじゃ死なないから」。

子供に対してこの対応、すごい・・・(笑)。
でも、確かに安心したことを覚えています。

ちなみに、本日のタイトルは懐かしいZARDの歌です。
(ありましたよね、こういう曲?)

さーて、今日こそ旅行記をアップさせたいなー。
(眠れなかったなら深夜書けばよかった!?)
# by mikikasai819 | 2005-11-17 11:35 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

負けず嫌いとはいってもねぇ・・・

今日から出勤。久々にニュース原稿を手にし、公式日本語?を話しました。
ロッテがアジア王者になっていて、感慨深かったりもしました(笑)。

そんな中、イタリアモードから少しずつ
ニッポンモードにしなくてはならないなーと思っていたら、
今日はまさに、紀宮さまご結婚のニュース。

今テレビで見ている19時のニュースで38分間流れていました。
それにしてもご学友っていろいろいらっしゃるのですねー。
それと、気になったのは、
「紀宮さま」という言葉を噛んでいるキャスター・記者が多かったこと。
しかも一度ではなく何度も耳にしました。
言いづらいのはわかりますが、本日の主役ですし、人の名前ですし、
特に皇室とあらば、一番気をつけるべきだと思うんですけどねー。

そういえば、皇室というと、ちょっと笑っちゃう小さい頃の話があります。
ここのところ昔話ばかりでごめんなさい。

・・・幼い頃、「大きくなったら何になりたい?」と聞かれますよね。
私も例外なく聞かれました。
幼稚園年長組のとき、クラスの担任の先生もこの質問をしました。
周りの女の子は「お花屋さん」「ケーキ屋さん」などとかわいい発言をしていました。
うんうん、なるほど。
私はなりたくなかったですが、納得していました(笑)。
納得できなかったのは、「およめさん」。これも多かったのです。
およめさんは大きくなったら誰でもなれるから、そんなのを夢にするなんて!と
幼心に思っていたかさいみきちゃん。
それは恐れ多い大きな間違いだと大人になってから気づくのですが・・・(汗)。

さて、私の番が回ってきそうだという時です。
ある男の子(名前は覚えていません)が堂々と言い放ちました。

「僕はおいしゃさんになりたいです。」

みんながおおっとどよめきました。

す、すごいぞ・・・。
こりゃやばい・・・。

私は焦りました。
なんか医者よりもっとすごいものを言いたい!と。(なぜ?笑)

うーん・・・。
よし!ひらめいた!

「はーい、それじゃ、みきちゃんは何になりたいのかな?」


医者よりすごいものってなんだろう・・・
笑顔で答えた将来の夢とは・・・

「てんのう!!」



・・・・・・・・・・


「・・・みきちゃん、あのね、えっと、天皇にはなれないのよ」

先生が困った顔で励ますと、すぐ、


「じゃあ、バスガイド!」


・・・・・・・・・・


もっと「総理大臣!」とか段階があるだろうに!?この差は何だ?
我ながら、本当に、子供の発想ってすごい・・・。

こんなエピソードが思い出されるのでした。
それにしてもいつもこの話をすると、友人に
「本当にすごいよ、みきちゃんって」と苦笑されます・・・。

というわけで、紀宮さま、心からおめでとうございます。
(つながりがまるでない・・・)

旅行記は明日以降・・・。
# by mikikasai819 | 2005-11-15 19:46 | でんき(昔の出来事) | Comments(3)

帰国いたしました

いやー、イタリアから帰ってまいりました。
成田で第一報を携帯から送りたかったのですが、充電切れ・・・。

ブログはちゃんと更新されていたようですね♪
実は、マイ アシスタント?のKAYOさんに頼んでいたのでした。
Grazie mille!!(本当にありがとう)

イタリアの話はまた改めて・・・。

いや、疲れているわけではなくて、
むしろ時差ボケで目がギラギラしているんですが(苦笑)、
とりあえずゆっくりしてみたいと思います。

あっ、家に帰って玄関開けて部屋を見てびっくり。

部屋がきれい・・・。

出発前に少し掃除していったのだと思い出して、
我ながら偉い!と思ってしまいました(笑)。
あまりに汚いと疲れが倍増してしまいますからね・・・。

それでは、まずは帰国報告でした。
# by mikikasai819 | 2005-11-14 21:37 | りょこうき(旅の記録) | Comments(2)

アナウンサー受験物語その5

イタリア旅行も本日で最後。ベネチアで必死に買い物!・・・などはせず
優雅に過ごしているはず(笑)。

さて、アナ受験物語も、今日でファイナルです。
河西アナウンサーは誕生するのでしょうか。(しらじらしい書き方ですね・・・)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

6月になった。まず、6月4日に2通の封筒が届いた。西日本放送の最終はだめだった。
しかも、2人残っていたうちのもうひとりもだめだったらしく、
採用ゼロだと思うと、複雑な気持ちだった。
しかし、もう1通のK-MIX(静岡FM)は通過。
6月11日。静岡FM最終試験。4人残っていた。再度筆記と実技。
体が衰弱していてつらかった。面接ではやはりイントロテストの結果の悪さを指摘された。
結局、最終落ち。
6月18日。FM群馬最終試験。5人残っていた。面接は3対1。
今までの局と違い、最初の質問は私の友人関係など、人間関係の深さだった。
実技は原稿読み、フリートークのほか、実際の番組のようにFAX紹介などもした。
自分を素直に出せた面接だった。
終始会社の人は温かく、とてもいい感触だった。
6月23日。FM群馬から電話が入った。
「合格です」
長かった。フジテレビの試験から半年以上経っていた。
しかし、アナウンサーになれたのだ。
数々のマスコミを受け挫折した。自分に何が足りないんだろうと毎日悩んだ。
書類で落とされ歯がゆい想いをした日々。
最終試験で落とされ立ち直れそうもなかった日々。
本当にいろいろなことがあった。
しかし、月並みだが夢はあきらめなければ叶うと思う。
アナウンサーは花形で難関で・・・と尻込みせず、
ラジオでもテレビでも自分を最大限出してほしい。
最後にひとこと。全国各地を受験する中で出会った仲間と、
活動を支えてくれた家族に心から「ありがとう」。ひとりでは絶対就職活動は乗り切れない。
皆さんも周囲と助け合いながら是非頑張ってほしい。
そして、容姿だけで売るのではない、中身の濃いアナウンサーになってほしい。
私もこれからが本当のスタートだ。  Fin  

最後に補足!
実は、この文章は最初に書いたように、マスコミ就職読本という書籍に載ったものなので、
原稿の字数に制限がありました。よって、途中、かなり省略しているところがあります。
大きなところでは、6月に入って山形放送や秋田放送の受験で現地に行っています。
山形放送に関してはとても苦い思い出があります。
試験終了後、「合格した方には後日連絡しますね」といわれていたのです。
そして、数日後実際かかってきたのです。
母が電話に出て「みき!電話、電話!きたわよ!!」と小躍りでつなぎます。
喜んで受話器を握ってみると「残念ながら・・・」という台詞。
そりゃないぞー!!!!天国から地獄とはまさにこのこと・・・。
この試験で風邪をうつされて、山形新幹線の中で悪寒がしていたことも重なり、
体調は急降下で悪化(苦笑)。2~3日寝込みました。
電話を取り次いだ母も私をさすがに不憫に思ったのか泣いていました。
秋田放送は最終試験まで行きましたが、合格には至らず。
FM群馬が決まったとき、他にも福井放送・宮崎放送・大分朝日放送など
選考に残っていたのですが、内定が出た時点で終了と思っていたので、
これをもって、河西美紀の就職活動は幕を閉じたのでした。

長々とありがとうございました。明日、帰国予定です。
# by mikikasai819 | 2005-11-13 21:39 | でんき(昔の出来事) | Comments(5)

アナウンサー受験物語その4

竹野内豊の面影を追い求めたフィレンツェをあとにして(こらこら・・・)、
ベネチアに到着!旅はうまくいっていることでしょう、たぶん(笑)

それでは本日もめまぐるしいアナ受験物語です。いろいろな県がでてきます。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

5月16日。西日本放送2次面接。また高松へ。4対2。
「香川の局でいいの?」「高松のどこが気に入った?」など、地域的なことを聞かれた。
調べた甲斐あり。通過。
5月18日。熊本朝日放送の面接。通過。
5月19日。文化放送筆記。事前にテープ審査があり4分の1に絞られていたらしい。
気合入れたが不通過。
5月23日。熊本朝日放送筆記。東京支社で行われた。英語がたくさん出た。不通過。
5月26日。西日本放送最終面接。アナ志望者は私を含め2人しか残っていない。
正直これはかなり期待できる。午前中カメラテストで午後面接。
もうひとりの女の子は香川(地元)の人で私は東京。ここが大きなポイントだと思ったが
全力を尽くした。
5月27日。東京に戻って静岡放送面接。不通過。
静岡県の局も今年はほとんど募集がない。
5月29日。テレビ西日本筆記試験のため福岡へ。
この局は最初から筆記を行うため人数が多い。
しかもアナウンサー枠は既に決まっているという説もあった。不通過。
5月30日。K-MIX(静岡FM)。新幹線で浜松へ。テープ審査で16人になっていた。
テープで通るのはうれしい。筆記とフリートーク実技。
たくさんの単語が並べられていて、その中から好きな3つを組み合わせて喋るというもの。
その日に偶然買った新聞がお役立ちで、上手に話せた。
K-MIXでは、なんと音楽のイントロ当てテストもあった。
洋楽は1問も解けない。0点だ!その日は浜松から熊谷の友人の家に移動。
宿泊させてもらう。翌日の試験のためにスタンバイ。
5月31日。FM群馬。ここもテープ審査で20人ほどになっていた。同じく筆記と実技。
FM2局に共通していたのは、テストを受けていて心からトークを楽しめたという点だ。
のびのびと自分を出せるのが魅力だった。こうして5月が終わった。
TO BE CONTINUED・・・
# by mikikasai819 | 2005-11-11 22:11 | でんき(昔の出来事) | Comments(0)

アナウンサー受験物語その3

ローマの休日と同じような気分を味わって、フィレンツェへ来ました。予定通りなら(笑)。

さて、日テレ最終面接の結果は?そしていよいよ地方局のアナ試験もスタートします。
続きをお読みください。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

4月15日。日本テレビ一般職最終面接。女子は12~13人。
こんなに絞られてきたのかと思った。社長を含む面接官はひたすら履歴書から質問する。
特別変わったこともなく終了。ちょっと拍子抜け。あとは結果を待つのみ。
翌日。翌々日。電話は鳴らない。1週間は待ってくださいといわれたものの、
今までなら面接したその日に通過の知らせが来たと思うと、
いてもたってもいられなかった。
そわそわしながら、4月18日。中国放送のアナ試験で広島に飛ぶ。
飛行機遠征スタートだ。
内容は「少年の『キレる』ことについて」のディスカッション。とんぼ返りで東京へ。
4月19日。NHK筆記試験である。
事前に書類選考で受験者を半分に減らしているのにまだ1万人以上いる様子。
広島の疲れからか私は風邪を引き、絶不調な状態で受験。
おまけに、試験会場で出会った友人から
「日テレの内定者って今日呼び出しかかったらしいね」と言われ、
完全に日テレとの縁が切れたことを知る。電話を待っていてもこないわけだ。
しばらく力が出なかった。
しかし、原点に戻って考え、やはり自分の当初からの目標であるアナウンサーを目指そう、
夏までは地方局を受け続けようと決心した。
4月26日。東北放送(宮城)1次面接。
アナウンサーという職業への想いを心から伝えたのに
「君はアナ職を勘違いしている」と断言され不通過。
5月2日。西日本放送(香川)1次面接。アナを別枠採用にしていないせいか、
私だけパステルカラーのスーツ。異常に目立つ。筆記も行う。通過。
5月5日。北日本放送(富山)1次試験。ラジオブースで原稿読み1分間のみ。
その場で合否が言い渡されるという過酷なものだったが、通過。
その場で宿泊費をもらい、その日は富山に泊まる。
翌日5月6日にそのまま2次試験。昨日たくさんいた受験者が22人になっていた。
筆記のあとカメラの前で原稿読み。昼をはさんで再びカメラテスト。
ディベートと自己PRをした。結果は皆が集まったところで発表。私を含め11人通過。
隣の席に座っていた人は、泣きながら荷物をまとめて部屋から出ていった。つらい。
翌日5月7日、そのまま3次試験。5対1の面接。30分間かなりじっくり質問される。
部屋の情景描写の課題が全くできず、
「惜しいなぁ。昨日原稿しっかり読めていたのに」といわれ、いやな予感がする。
夕方4時半、この日は番号が張り出された。私の番号はなかった。
局をあとにして富山駅で号泣した。つらすぎた。明日最終だったのに。
5月10日。読売新聞筆記。これが運よく通過し14日に面接をしたが、
テレビの一般職のとき以上に志望動機がめちゃめちゃで不通過。
やはりほかの業種ではだめなのだ。しかし、私はひとつ大きな悩みを抱えていた。
最初から面接をしてくれる局ではいいところまで進むのに、
書類選考から始まる局ではことごとく落とされていたのだ。
これは悔しくて悲しくて仕方なかった。
そこで5月中旬、おもいきって別の写真館で取り直しをした。
するとこれが大成功で、よく書類が通るようになったのだから努力は惜しむべきではない。
TO BE CONTINUED・・・
# by mikikasai819 | 2005-11-09 23:37 | でんき(昔の出来事) | Comments(0)

アナウンサー受験物語その2

カプリ島を満喫し、ポンペイを見てから、今日はローマに移動です。順調なら(笑)。

さて、アナ受験物語の続きです。落とされてばかりの河西さん、光は見えてくるのか・・?

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

3月3日。読売テレビ1次面接。3対3で起立したままの面接だった。
それぞれに異なる質問が飛ぶ。解答する瞬発力が試されたようだ。
私は「最近見た映画は?」「橋本首相をどう思う?」
「今日の自分の服装は何点?」などと聞かれた。面接官は終始無表情で怖かった。
心配したが、通過!面接に通ったのは初めてだった。
3月17日。読売テレビ2次面接。朝一番の集合。待ち時間に原稿(短文)を渡される。
2対3。まず原稿読み。そのあと漢字の読みテスト。
10個ほどの単語が並んでいたのだが、私は奇跡的に全部正確に読むことができた。
最後に、読売テレビに対する質問はあるかと聞かれて終了。
漢字が読めたことですがすがしい気持ちになった。
同日に、15時から日本テレビ一般職1次面接。
アナではないし、志願者が1万5千人という噂を聞いたので、
気負わず自然体で面接しようと決めて臨んだ。2対2。
この面接での質問は志望書に沿った事項のみ。
途中から私にばかり質問が集中したのがわかった。興味をもってくれたようだ。通過!
面接で通る喜びを感じた。
それから2日後。お昼過ぎに携帯電話が鳴った。
「読売テレビですけれども・・・」
心臓が爆発しそうになった。通過していた。
3月23~25日。読売テレビアナウンス講習会(という名の試験)。大阪の本社にて。
初日は健康診断と面接、筆記。2日目は原稿読み練習。
現役アナウンサーの指導を受ける。
最終日はカメラテスト。本物のスタジオ。フリートークも原稿読みも自分なりに頑張った。
結果はその日の夜に自分から合否確認の電話をすることになっていた。
・・・不通過だった。
帰りの新幹線の中では、アナウンス講習会で知り合った仲間同士、
NHKの書類の話で持ち切り。気持ちの切り替えは最重要事項だ。
それでもやはり悔しかった。
3月26日。日テレ一般職2次面接。まだたくさん人が残っていた。2対1。
私は報道志望だったので、報道のあり方やこれからのメディア等、
少しカタい内容で突っ込まれたが通過。
3月31日。日本テレビ学生フォーラム(という名の試験)。集団討論と面接。
「10日後に宇宙人が地球に来る」という設定で日本政府の対応策を議論。
あまり積極的に参加できず落ち込んだが通過。
日テレ一般職の好調さとはうらはらに、名古屋のテレビ局は書類で全滅。
北海道はもともと採用なしの局ばかり。改めてアナウンサー試験は厳しいと実感。
4月5日。日本テレビ筆記。この時点で500人くらいか。
企画力や発想の豊かさが問われた。テレビ映像も使ったりするなど、
とにかく楽しかった。結果はなんと通過。・・・信じられない。
アナウンサーにもなりたいが、東京のキー局、しかも、
今最も勢いのある日本テレビで本当に報道ができたら・・・と考えるようになった。
4月9日。日本テレビ局長面接。人事の方にも覚えてもらえるほどの人数になった。
7対1。報道志望なのにバラエティやワイドショーなど、全く異なるジャンルについて
聞かれた。たくさん笑われた記憶がある。局長面接も通過。次はいよいよ最終面接だ。
4月14日。午前中NHKの予備面談。午後、九州朝日放送の音声テスト。
原稿読みのあといくつか質問がきたので手ごたえを感じたが、不通過。
そして、4月15日。日本テレビ最終面接の日がやってきた。 
TO BE CONTINUED・・・

しかし、今日はおまけで補足!(笑)

日テレの局長面接で笑われた理由の1つは強烈に覚えています。
面接官:「履歴書の“乞うご期待 このきなんのきかさいみき”というフレーズ面白いね。」
私:「ありがとうございます!
面接官:「ところで、このきなんのきのCMに出てくる木はどこにあるか知ってる?」
私:「・・・?」
面接官はニヤニヤ。
私:「(あー、まずいなー、そこまでは調べてなかった。)」
面接官:「どう?」

私:「えっと、外国です!!!!!(真剣)」

面接官7人全員が大爆笑。
私:「あは・・・は。(つられて愛想笑い)」
面接官:「いいねー、君。面白いよ。次回までに調べておいで」
私:「はい!!!(なんかよくわからないけど、結果オーライだ!)」

こんな感じでした。この台詞でなぜ爆笑が起こったのか、私にはいまだ謎です。以上。
# by mikikasai819 | 2005-11-07 01:45 | でんき(昔の出来事) | Comments(2)

元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。


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