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このき なんのき かさいみき

5週限定で大学に通っていました。

書こう書こうと思いながら講座が終わってしまったので事後報告ですが、
(ラジオ番組の中ではちょっとお話しましたが)
私、9月・10月と、武蔵大学(東京・練馬)のイブニングスクール(公開講座)に通っていました。
テーマは・・・「文化としてのテレビ番組」。
偶然、電車の中吊り広告で受講者募集のお知らせを見つけて応募しました。

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全5回で、内容は以下の通りでした。

1:アーカイブスはどこでもドア~薬師寺を見つめた半世紀
2:バラエティ番組の多様性と、それぞれの価値
3:テレビ・ジャーナリズムの現在
4:映像による異文化理解~すばらしい世界旅行の場合
5:視聴率以外の番組評価

放送現場にいる方が講師で、しかも各回異なる方だったので、非常に面白い2時間でした。

私が「アナウンサーになりたい」と確固たる意思を持ったのは高校のときで、
マスメディアに関する勉強がしたいと、大学や学部学科を選び、
所属ゼミを選ぶ際もその想いありきでした。

夢を追いかけている途中で勉強しているのと、
今、実際に放送現場に携わる人間として勉強しているのとでは、
考え方も受け止め方も全く違うのだと再認識しました。
作り手の立場でもあり、もちろん、仕事じゃないときは一般視聴者だからです。

フジテレビの戦略担当局長の金光修氏がこんなことをおっしゃっていました。

入社したときは、みんな知的水準の高い文化・教養系をやりたい!という人が多い。
でも、実は最も難しいのはバラエティを作ることだ。
難しい順位としては、「笑わせること>感動させること>泣かせること>教えること」。

なるほど。どうしても、現代のバラエティ番組というのは稚拙なものが多いと
指摘を受ける機会が多いようだし、私自身、実際そう思うことも多々あるけれど、

「人間は真面目な人と不真面目な人に分かれるわけではなく、
1人の中に真面目と不真面目の部分がある。それと同じ。」

まさに、これが言い当てられていると思いました。
テレビを見ること=無意味さの価値。

そのほかにも、実際の番組(クイズヘキサゴンⅡ)を見てどう感じるかという統計を取って、
性別・年齢別に分けて受け止め方の違いを考える授業や、
昔の報道番組(天安門事件の瞬間)を観て、
命がけでその現場からリポートしたいきさつについての体験談を聞く授業など、
実に多彩で興味深いものばかりでした。
このような機会があったことに心から感謝です。

金曜日、朝の生放送で早起きしたあとの夜の授業はなかなか大変でしたが、
途中、バスや電車で爆睡したおかげもあってちっとも眠くなりませんでした。
社会人になって「学ぶ」ということの楽しさを再認識できたことは実に貴重です。
(講座が全5回で3000円という安価なのも魅力)

振り返ってみれば、私は大学入学前、過度に期待をしすぎたせいか、
いざ授業が始まったらそのつまらなさに辟易してしまい、
後半は、ほとんど授業に出ないひどい学生でした(汗)。
今思えば、もっと学ぶ姿勢があれば、いくらでも吸収できることはあったのでしょうが、
なんだか無性にがっかりしてしまったのです。
でも、ちゃんと出席していた授業(時期)ももちろんあります。
そのときは、大教室において決まって同じような場所に席を取っていました。
「教室の右の方、中央通路より前のブロックの一番後ろ。」
今回も無意識に座っていました。
そこから見える黒板、先生の表情など、ああ、こんな感じだったなぁと思った次第です。
(右に黄色いテキストを置いてあるところが私の定位置)
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たったの5週だったけど、大学キャンパスを歩けて、初心に戻れて、楽しかったです。
もっと生徒同士の交流があると面白かったのかもしれませんが、
私よりずっと年配の方=50~60代が多かったので、なかなか難しいか!?

最後に、ふと、少年老い易く学成り難しということわざを思い出しました。

確かにそうだけど、大人になった今、
思い立ったそのときが学のチャンスなのだと信じたいです。
by mikikasai819 | 2008-10-27 00:23 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)