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このき なんのき かさいみき

防災放送を最後の最後まで。

今日のニュース。何度読んでも心が痛みます。

東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町で、
津波到達の直前まで防災放送で町民に高台への避難を呼び掛け続け、
自らは行方不明となっていた同町職員・遠藤未希さん(24)の遺体が
2日までに、同町の沖合で見つかった。

未希さんは大地震直後、3階建ての防災対策庁舎の2階で
「6メートルの津波が来ます。避難してください」と、
町民約1万7000人に防災放送で呼び掛けた。
冷静で聞き取りやすい呼び掛けは何度も何度も繰り返され、
海岸にいた両親にもその声は届いた。

庁舎に残った約30人の職員中、助かったのは10人。
母・美恵子さんは「放送が途中で途切れた」と聞かされた。
最後は震える声で呼び掛けていたという。
 
遺体の左足首にはミサンガが巻かれていた。
昨年7月に結婚した夫(24)からのプレゼントだった。
9月には結婚式を挙げるはずだった。
景勝地・松島のホテルを予約、昨年12月には衣装合わせもした。
「3月にウエディングドレスの新作が出るの。
お母さん、一緒に見に行こうね」と約束していた。


彼女は津波が押し寄せてくるその瞬間までどんなに怖かったことでしょう。
でも使命感を持って町の人のために放送し続けた姿を思うと、
あまりの悲しさに言葉が出ません。
行方不明だったことは知っていましたが、発見されたのですね・・・。

・・・あの日、奇しくも同じ頃、私は「東京・世田谷」「ラジオ」という、
場所と手段は違いますが
(何より恐怖の度合いは比較するのもおこがましいですが)
同じようにリスナーに向かって強い余震の中
「落ち着いて行動してください。頭を守ってください。」などと呼びかけていました。

大地震からまもなく2ヶ月。
ゴールデンウィークは、自粛ムードが一気に解禁したかのように、
各地でレジャーに楽しむ人が多く見受けられます。
経済の活性化は非常にいいこと!!
余震が少しおさまってきて、無意識のうちにホッとしているのも自然な気持ちでしょう。

でも、だからこそ、「被災地の今」を忘れてはいけないと思ったニュースでした。

私と同じお名前のみきさん。
あなたの声が多くの命を救いました。
心からご冥福をお祈りします・・・。
Commented by んだすけ at 2011-05-05 18:07 x
こんにちは。このニュースは仕事とかプロ意識なんてことで片づけられないですよね。確かに「仕事」は全うした、結果自分が犠牲になった。そんなんじゃない。自分が迫ってくる危険を目の当たりにして、その重大さに一人でも多くの人に急を知らせたい。助かってほしい。そんな「人間」としての責任感、優しさなのでしょう。この放送で助かった人はたくさんいることでしょう。彼女の「優しさ」が助けてくれたことを忘れてはいけませんね。ちょっと前の美紀さんのブログで、司会の時の地震時のコメントがありましたが、うちの会社でつけてるこのような台本は、会場のケースによって、できる限り会場の真ん中から遠ざかることを入れています。天井の崩落を考慮して、ステージを含めた壁側へ順次移動することを推奨しています。これをコントロールするのが司会者なので、天井を見ることそして状況を監視して、壁側へ移動~ロビーへ移動とするものです。当然、スタッフにもこのような場所だと、こう対応することを知らせるようにしています。あ、余談でしたね。
Commented by mikikasai819 at 2011-05-06 00:23
余談ではないですよー。すごく考えさせられます。
非常時の対応はいつかのためのもの・・・とぼんやりしていたものが、
こうして非常時が現実にやってきた今、
ひとつひとつに気を引き締めないといけませんものね。

彼女のニュースは今後もずっと忘れられないと思います。
心にずっと深く残ります・・・
by mikikasai819 | 2011-05-03 14:39 | にっき(日々の出来事) | Comments(2)