祖父との別れを記すVol.5(完)「告別式」

今日、祖父の四十九日法要が終わったきっかけで、葬儀前後の話を一気にUPしています。

告別式後1週間で色々書き連ねたものなので、どうしても想いが深くなってしまっています。

でも、今日を逃すと、お蔵入りにしてしまう。
それもアリか、自分だけの心にとどめておけばいいのではないか、
皆様にお見せするような内容なのかどうか・・・色々思ったけれど、
やはり自分自身の大切なブログなので、記録として載せることにした次第です。

Vol.1から書いています。まだの方はお手数ですが最初からお読みくださると時系列になっています。
今回(vol.5)で結びとなります。
告別式・火葬の際の感情なので、リアルな描写は不快・NGという方はスルーしてください。

☆☆☆

5月10日。告別式当日。
私はこの日の神秘的な朝を忘れることが出来ない。
普段、絶対なかなか起きない私が、目覚ましをかけた時刻の10分前に目が覚めた。

そのとき、窓からものすごい神々しい光が部屋に差し込んでいたのだ。

それはもう、本当にすばらしい朝日だった。おじいちゃん、何だろうね、これって。

朝、おにぎりと味噌汁を無理矢理食べる。
すると、私と妹はこぞって吐き気と腹痛に襲われる。
別に食中毒ではない。過度の緊張状態だと思う。2人で整腸剤を飲む。
まったく、しっかりしなきゃダメだ。

告別式も本当に多くの人が弔問に訪れた。
こんな時でないと二度と会わなかったであろう人も来てくれていた。
やっぱり私は涙が止まらなかった。妹もすすり泣いていた。
初七日の法要も一緒に行われた。

最後のお別れのときが近づいている。
棺の中にお花を入れる。ここまで気丈に振舞っていた母も祖母も号泣。
「火葬場でも少しお時間はありますが、これにて棺のふたを閉めてしまうので、
ゆっくりお別れするのはここが最後です。」
涙が止まらない。もう、触ることもできない祖父の体。
そして、「棺に釘は打ちませんので、皆様で心をこめてふたをしてあげてください」とのアナウンス。
みんなでゆっくりふたをもちあげ、ゆっくり置いた。

そして、出棺。私は、霊柩車を見送るものだとばかり思っていたが、
親族はすぐにマイクロバスに乗るようにと指示があった。一緒に火葬場まで行くのだ。
87歳の祖母がちょこんと霊柩車の助手席に位牌を持って座っている。
喪主だから仕方ないが、どんなにか心細いだろう。

そして、参列者に見送られながら、霊柩車とバスは動き出した。

斎場から火葬場まではおよそ30分。
よく知っている道だけに、ここをおじいちゃんと一緒に通ったなぁなどと思うと、また涙が出てきた。

到着するまでの時間は無情にも早く過ぎた。
火葬場に到着後、私は本当に驚くことになる。
小学生の頃、つまりもう20年以上も前、
しかも田舎の火葬場のかすかな記憶しかない私は、まず、火葬場の規模の大きさに度肝を抜いた。
いったい何組のご遺族が来ているのか。
そして、次から次へと流れ作業的に進んでいる。

私は、ふたは開けられなくとも、最後にゆっくりできるのかと思っていた。
お経をあげたりする時間くらいはあるのかなとも。

しかし、到着して、数分後、

「よろしいでしょうか、それではお名残惜しいですが・・・」

あっという間に祖父の棺は釜の中に吸い込まれていったのだ。

今思えば、ああでもしないと、いつまでも「おじいちゃん」と泣きすがっていたに違いない。
それにしても、こういうものなのか。
全く予想していなかっただけに、あまりの展開の速さに、
私は、ここで、人生初めてであろう「笑い泣き」をした。
多分、一種のショック症状だ。
だって、笑うしかないっていうくらいに、非情な、無情な、想像を絶するほどの速さだったからだ。

本当にお別れ。もう、おじいちゃんの姿は見られない。

骨が焼きあがるまで、控え室で待つ。
控え室に移動するまでに、妹はお坊さんに
「そんなに泣いていたらおじいさんが悲しむよ」というように諭されたらしく、
「怒られた・・・」とまた別の意味で泣いていた(苦笑)。
私は、通夜から火葬にかけて一貫してこのお坊さんのお話や姿勢に感動していたので
「初めて身内を亡くすという体験をしたのですが、
お経をあげてくださったのがあなたでよかったです。ありがとうございました」と泣きながらお礼を言ったら、
「このあと収骨が一番つらいと思いますが、どうかおばあさんを支えてあげてください」と
温かく励ましてくださった。
お坊さんは「このあと別件で群馬に行くのでここで失礼します」と言っていて、
群馬!とその偶然にもなんだか不思議な縁を感じた。

待っている間、親族と話をしながらお茶を飲んでいると、ここまでの流れがウソのようだった。

1時間ほどして、いよいよ、収骨。

出てきた祖父の姿は、そう、もちろん、骨だけなのだが、なんというか、スカスカだった。
91年間生きてきた証なのだとも思った。
足に入れていた金具なども見受けられた。

箸を使って2人で骨を壷に入れていく。
これは小学校時代もやったことがなく、初めてのこと。
脚のあたりの骨ですよ、と係の方が教えてくれた。
その後、ひと通り順番が回ったら、係の方が
「これが頭の部分です」「喉仏です」と説明をしながら納めていく。
どうして分かるのだろう・・・と驚く。そりゃそうだ、この方は、この仕事のプロなのだ。

途中「これが耳の部分です」と言われたときに、それまで止まっていた涙がまた一粒だけ流れた。
最後に、祖父の耳元で懸命に話しかけたことを思い出したからだった。
でも、それ以外は淡々と進み、全てを骨壷に入れてふたをするまで、
その手際のよさに目を奪われ、本当に、こんな小さくなったんだなぁと思った。

そうして、再び斎場に戻り(行きと同じ道を通らないようにするのが常だと初めて知った)、
親族で食事をし、案外みんな話が盛り上がったりしちゃって、
でもそれがいいのかもしれなくて。

斎場から家まで骨壷を持ち帰る役は私になった。
(車に乗るだけだが、祖母は重いので持てず、父は運転するということで。)
ひざの上の骨壷を見ながら思ったこと。
「おじいちゃん、家に帰ろう。私が連れていってあげるね。」それが本音だった。
「すまないねー。ありがとねー」という声が聞こえるような気がした。

こうして、全てが終わった。

家族みんな、相当の疲れがあったはず。
でも、なんだかいまだに信じられない、夢みたいな出来事だという気持ちがあった。

四十九日の法要。また、私にとって初めての体験。
今度は、実家に置いておいたお骨がお墓の中に入った。また寂しくなった。

こうして、徐々に、時間が過ぎていくのであって、
そうして、祖父のいない日々が、普通になっていく。

でも、祖父は私の心の中でいつまでも生き続ける。おじいちゃん、これからもずっと。


Commented by くーちゃん at 2009-06-22 11:28 x
無事に四十九日の法要が済んで、おじいちゃんも空から見守ってくれてるね。
美紀ちゃんのおじいちゃんのやさしい笑顔、私も忘れないよ。

私は祖父が突然亡くなった時、ちょうど留学中で、つい一週間前まで遊びにきてた兄から電話を受けた時、非常に嫌な予感がしました。
今すぐ会いに帰りたいのに、帰れないもどかしさ。
普段は専らメールのやりとりしかしない兄と私なので、
今でも時々急用で、兄から電話があると、心臓がきゅーっとします。
その時の気持ちを考えると、もう8年も経つのに泣けてきます。

私は仕事柄、たくさんの人の臨終の場面に立ち会ってきました。
でも、同じ時間に同じ場所で、色んな場所で、別の新しい命が生まれてもいる。
命って不思議だよ。

こちらで生きてる私たちは、毎日笑顔で、元気に暮らすのが一番だよね。
またいつか会える日まで、頑張って生きていかなくっちゃね。
Commented by りな at 2009-06-22 22:46 x
・・・また泣いてしまった。
そして、初コメント。

告別式までは泣いてよし、そのあとはしっかりしなきゃ!って
自分の中で思っていたから、お坊さんに「泣いてばかりいてはダメですよ!!」って言われてホントに悲しかった(苦笑)
お坊さんにそんなこと言われる人いるんだろうか・・。

ホントにうちのおじいちゃんはかわいくて
やさしくて自慢のおじいちゃんだったね。

亡くなった話を聞いて辛くてすぐにおねえちゃんに電話したし、
次の日も一人じゃ心細いから
おねえちゃんが実家に帰る時間にあわせて帰ったし、
お通夜の日もお葬式の日もずっと一緒にいたし、
お葬式が終わったあともメールしたり電話したり、
ホントにおねえちゃんがいてよかったと思ってます。

お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、
お姉ちゃん、お兄ちゃん、私の7人家族。
7人家族ということを改めて幸せに思いました。

この1ヶ月半で一生分の涙を流したわねと
お母さんに言われるくらい泣いたけど
これからはみんなに心配かけないように強くなります!


Commented by mikikasai819 at 2009-06-23 14:27
くーちゃんさん、ありがとう。
留学先にいたら、確かにすぐには帰れないね・・・。
そのときの心中を察すると、私も泣けてきます。
命の始まりと終わり。確かに、不思議だなぁと思います。
終わりについてはホントに考えないように避けて通ってきてしまい、
今こうして直面して、ああ、かならずこういうときがくるのだと分かり、
日々を大事に過ごしたいなと思うようになりました。
これからもよろしくね。
Commented by mikikasai819 at 2009-06-23 14:41
りなさん、初コメありがとう。(「さん」づけもどうかと思うけど一応)
このブログが立ち上がった当初は興味すら示さなかったのに、
まさか書き込みをしてくれるなんて夢にも思っていなかったので、
心底驚くと同時に、こちらこそ感謝です。
素直にお礼を言われたのは初めてなような気がします。
しかも、それがブログを通してというのが、逆に感慨深いかも。

確かに、誰よりも号泣してくれたおかげ?で、
周囲が心配して泣けないくらいの空気だったし、
妹は得だなぁと思ったけれど、それがまたよかったと思うよ(笑)。
必ずや、おじいちゃんにその想いは届いているし。
お坊さんのエピソードは、これまたいい意味で語り継がれるでしょう(笑)。

7人家族のありがたみは、絶大なものです。
ワイワイ楽しい食卓を忘れずに、これからもお互いの家庭を大切にしていこうね。
by mikikasai819 | 2009-06-21 23:59 | にっき(日々の出来事) | Comments(4)
元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。

by mikikasai819
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