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このき なんのき かさいみき

おじさんとみきちゃん

私が小さい頃、商店街の方々には本当に可愛がっていただきました。
(実家は寝具店。2年前に店を閉めた。)

「みきちゃん、お帰り!」「どこ行くの?お出かけ?」というように声をかけられるのは当たり前のことで、
時には仲のいいお店の人達同士で川原にキャンプをしたり、海に行ったりしました。

私の父は釣りが大好きで、子供と遊ばず、釣りに夢中になっていることも多々ありました。
そんなときに、常に優しく面倒を見てくれる婦人洋品店のおじさんがいました。
ただ単におじさんは釣りをしないからなのですが、そういう理由をこえて、本当によく遊んでくれました。
私も、弟も、妹も、みんなおじさんが大好きでした。

商店街のイベントなどがあると、各店主たちに集合を呼びかけます。
放送する係はそのおじさんでした。
スピーカーから聞こえてくる放送は、正直、早口で何を言っているのか分からない感じで(苦笑)、
でも、すごく一生懸命な喋りがたまらなくおかしくて、
「あー、またやってるよー」なんて言いながら、その平和な雰囲気がスキでした。

そのうち、私は中学・高校と進学し、おじさんとの接点がほとんどなくなりました。
時折、道ですれ違っても、なんか恥ずかしくて私から挨拶することもなくなりました。
おじさんも目が悪かったのか、声をかけなければ私には気付かず、
我が家に用事があっておじさんが来ていても、
「こんにちは」と一言だけかわして、あとはサーっと自分の部屋に入ってしまう私。
本当に、おじさんは私の中で「過去」の人となっていました。


そのおじさんが、ガンで亡くなりました。


つい2年ほど前まで父と一緒に海外旅行したりもしていたのに・・・。
調子が悪い、かなりやせた、入院した、ホスピスに入るらしい、やはり入れなかったらしい・・・と
親から逐一聞いてはいました。最後は相当苦しんだらしい・・・とも。


弟は、おじさんの死を知らされて電話口で絶句したそうです。妹も、相当のショックを受けていたと。


でも、でも、私は・・・、そういう感情がすぐに沸いてきませんでした。


なんというか、うまく言えないけれど、なるべく正確に記すならば、絶句できない自分に絶句でした。

何が言いたいか。


・・・弟や妹は、あの一緒に遊んだ幼いときのことを思い出して、悲しんでいる。

でも、私にとっては、おじさんと挨拶をしなくなった日々が最新かつ最後の思い出なのです。


無理矢理思い出せば、小さい頃の自分の記憶におじさんはうっすらとでも登場してきます。
でも、悔しいことに、あまり話さなくなってしまった以降のおじさんばかりが浮かんでくるのです。
これって、何なのでしょうね。

こんなことになるなら、もっとお話しておけばよかった。
大人になった今、昔話で笑いあえばよかった。
もっともっと、長生きしてほしかった。

自分が32歳になっているということは、周囲の大人も確実に年をとっているということ。
いなくなるはずがないと思っている人が、この世を去ってしまうこともあるということなんだ。


皮肉にも、こうして書き連ねて、断片的に、今更ながらようやく思い出してきました。

みんなでキャンプに行くのがとても楽しかったことも。
活気があったころの商店街の温かさも。
「みきちゃん、みきちゃん!」って話しかけてきてくれた、おじさんの満面の笑顔も。

ちなみに、婦人洋品といっても、私の年代が着るようなものは置いていないから、
お店に遊びに行ってもおじさんと喋りに言ってるだけだったなー。あれもかなり邪魔だっただろうなぁ。
でも、「みきちゃん、いらっしゃい!」ってイヤな顔せず迎えてくれていたもんなぁ。

おじさん亡き後、洋品店はおばさん(奥様)が続けるそうです。
小売店には本当に厳しいご時世ですが、頑張ってほしい・・・。

いつか、ほんのちょっとの時間でも、立ち寄れたらいいなって思います。
もちろん勇気がいるけれど、あえて変に構えたりせず、あの頃の「みきちゃん」の無邪気な気持ちで・・・。
by mikikasai819 | 2009-04-16 23:53 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)