遅い夏休みを取得中です

3連休、台風で大変な天気でしたね。
私は実は日本を飛び出して、遅い夏休みを過ごしています。
金曜日、生放送が終わってから出発しました。
水曜日には帰国しますので4泊6日です。
今回滞在しているのはアメリカの首都ワシントンDCです。

大げさではなく、この旅では「世界平和」について考える時間がとても多いです。
ホワイトハウスを生で見て、トランプ氏に賛否両方の集会に偶然遭遇しました。
日本ほどの量ではありませんが北朝鮮のニュースも流れてきます。
ニュージアムという報道の博物館では、世界を震撼させた事件に胸を痛め
有事の際のメディアの立ち位置を深く考えました。

もちろん、メジャーリーグを観戦したり、珍しい料理を食したり、
楽しいこともたくさんしています。
この街は博物館がたくさんあるのが特徴的(しかもほとんど無料!)で
圧倒的に時間が足りません!(悲鳴)

旅はいいですね。まだ途中ですが。

リフレッシュする、刺激を受ける、自分の生き方を振り返る・・・
旅は私にとってやはり大事なファクターです。

また帰国したら旅行記を書きます。
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# by mikikasai819 | 2017-09-18 13:26 | りょこうき(旅の記録) | Comments(1)

警察から電話

本日、仕事を終えて帰宅して、ひと息お茶を飲んでいた時。

22時50分。自宅の固定電話がなった。

携帯電話が主流の昨今、我が家の電話が鳴ることは滅多にない。
(仕事でFAX送信等の際に使う程度)
しかし、こんな夜遅くに。何かあったのか。誰だ。

とりあえず受話器を取る。

私:「・・・はい(おそるおそる低い声で)」

電話:「恐れ入ります、こちら警察の者ですが・・・(とても丁寧に)」





警察?





警察:「こんな夜分に大変申し訳ありません。
というのも、実はこの地域で物盗りをしていた犯人が捕まりまして」

私:「は、はぁ」

警察:「調べによるとどうやら100軒くらい犯行を繰り返したらしいんです」

私:「は、はぁ」

警察:「ご自宅に入られた形跡や何か変わったところ、お気づきになられませんでしたか」

私:「え・・・」




部屋が汚い・・・のは、自分で散らかした結果である(汗)。




ここまでのやりとりは1分もない。


警察の方からの話を聞いていて、最初からやけに冷静な自分がいた。
なんか、完全に本気にもしていなくて、この警察は偽物だろうなとも思ったし、
でも、完全に嘘と決めつけもしていなくて、本当だったら大変だなぁとも思った。



次の瞬間、

私:「すみません、ちょっとそのままお待ちいただけますか」

近くにいた夫に受話器を渡した。

私:「警察だって!」

夫:「もしもし」





ガチャ。ツーツーツーツー



・・・切られた。

なんだそりゃ。


夫:「何言ってた?」


私は今まさに書いたやりとりを話した。


夫:「男が出て電話切ったということは、一人暮らしの女性がターゲットかな・・・」



不可解だ。



・・・オレオレ詐欺はなくならない。
最近では「わざと騙されたふりをしてください」と警察を装った電話で指示をされ
お金をとられた例もあるらしい。
自宅の電話を使わなくなっている今、たまにしかかかってこない電話が
こんな犯罪の温床かもしれない内容で本当に心が痛いし恐ろしい。
夜遅い時間だと何事かと思って出てくれる率が高いということなのだろうか。


今、夫とも話しているが、警察が電話してくるときは
「『○○警察署の○○課の○○と申します』と、最初に所属を名乗るはずだよね」って。
そうだそうだ。

同じような電話がかかってきた場合、どうか気を付けてください。

それにしても、そのまま私が話を続けていたらどういう展開になったのだろう・・・
# by mikikasai819 | 2017-09-12 23:40 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

※これから書くことは告別式の詳細なので、
重い描写はちょっと・・・という方はスルーしてください。

先週、伯父が亡くなりました。81歳でした。
父の兄なのでだいぶ年齢が上なのですが、
だからと言ってまだまだ元気でいると疑わなかったのが本音です。

父は5人兄弟の4番目。伯父は上から2番目。
父だけが10代から東京に出ており、みんな山梨に住んでいます。
(現在の南アルプス市)
子供のころはよくお正月とお盆に遊びに行ったものですが、
大人になればなかなか会うこともなくなります。
ただ、どういう前触れか、久しぶりに親戚に会いたくなって
私は自分で車を運転し助手席に父を乗せ、
先々月(7月)に山梨に行きました。
「美紀ー、久しぶり!よく来たね」と、ほぼ10年ぶりの再会。
懐かしく迎えてもらったその中で、一人だけ、伯父が体調を崩していました。
「最近調子が悪くて、点滴をしに病院に行ってきた」と。
お酒が大好きで豪快だった伯父の姿しか知らないので、心配でした。

その伯父が、どんどん弱っていき、食事を自力でとれなくなり入院。
余命1ヶ月と診断されました。
「俺の命は9月21日までだそうだ」と本人から父に電話がかかってきたそうで
そんな具体的な日にちを医者が言うわけもないので
多分1ヶ月というのをそのまま当てはめたのでしょう。
いずれにしても驚きを隠せません。

伯父の病気は膵臓がんでした。
分かったときにはすでに肝臓にも転移をしていたようです。
ここまでなるまでになんとかならなかったのかと思う気持ちもありながら
1ヶ月しかないというなら絶対に会っておいた方がいいと、
8月30日、私が仕事がない日を狙って実家に行き、
父は今度は母と一緒に山梨へ日帰りで向かいました。
私は祖母(95歳)の介助をしながら留守番を託されていました。

滞在時間は数時間。
弱ってはいたけれど会えてよかったと母が言っていたのが印象的でした。

息を引き取ったのはそのわずか5日後、9月4日でした。

余命1ヶ月と言われたのに、半月ももたなかった。
驚きを通り越して絶句でした。伯父はどんな思いだったのでしょう。

さて、ここからが山梨の葬儀についてです。

祖母を一晩ひとりぼっちにするわけにはいかないので、
通夜は父と母だけが山梨に向かい私は実家、
告別式には行きたいので翌日車で私と妹が行くことにしました。
ところが、山梨は、告別式の前に火葬をしてしまうのが風習なのです。
(前火葬というらしい)
つまり、告別式の時にはすでにお骨になってしまっている・・・
最後に伯父の顔を見たいという思いは告別式出席では叶わないということです。
東京では考えられません。

私は先々月会っていますが、妹はそれこそ10年近く会っていなかったので
何とかしてひと目だけでもと思っていました。
しかし、そのためには前の晩から行くか、火葬に間に合うようにいくか。
告別式は正午から。その前ということは、朝早くからなのです。
伯父の火葬も7時40分集合でした。
山梨までは車で2時間は見た方がいいので、5時半には出たい。
私1人ならいいけれど、祖母をギリギリまで看る必要がある。
妹も1歳8か月の姪を連れて行くので夜遅くや朝早くには動きにくい。

やはり、現実的には厳しいと判断。祖母に朝ご飯を食べさせてから、
私の運転で妹と姪を乗せて向かうことにしました。

会場に着くと懐かしい従姉たちの顔。
冠婚葬祭でしか会えない寂しさと久しぶりに会えた嬉しさと、
なかなかに複雑な心境ではあります。

告別式では祭壇に遠い方から喪主と言われました。
え?奥が近親者ではないの?普通は逆では?と思いましたが、
祭壇から遠いところに焼香の台が設置されており
そこに最も近い場所で、来てくれた人に挨拶するためのようです。

また、身内は回し焼香でした。
座ったまま焼香炉(お焼香をする箱)を順番に隣の人に渡していく形です。
このとき、姪は声を発してしまうので別室に控えていましたが、
スタッフの方がちゃんとそこにも持って行ってくれて良かったです。

既にお骨になってしまっているため、このあとの涙のお別れというのもなく、
今回住職の方がお経を唱えている間、私は、ああ、今本当に、この言葉とともに、
伯父はあの世に向かっているのかな・・・などと、より一層感じていました。
(すみません、特に私は無宗教です)

最後の最後に、セレモニーホールの司会の方が、
「皆様、祭壇の故人のお写真の方をお向きになってください」と言うと、
生前の伯父について語り始めました。
私は身内の葬儀にこれまで1度しか出たことがないので
これは地域特有なのかホール特有なのかどうかも分かりませんが、
この語りが、もう、涙なしでは聞けませんでした。
それはそれはお見事だったのです。
遺影を見ながら、在りし日の伯父の様子が目に浮かび、
ああ、そうだったそうだったと、微笑み、泣き、
身内は一気に心が一つになり、私もここでは涙が止まりませんでした。
後で聞くと、事前に伯父の性格などを箇条書きにして渡し、
それを司会の方が文章にしたそうです。
私は気になったのはこんな時でも職業病かも知れませんが
バックに流れていたアンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」、
生演奏とともに忘れられないシーンとなりました。

そのあと初七日法要がすぐに行われ、身内だけでなく
地域の班(組?)の方々も一緒に献杯、食事。
私は久しぶりに従姉と会話をしました。あっという間の時間でした。

そういえば、伯父の戒名の最初の部分に「千畳院」とつけられていました。
伯父は畳職人だったのです。祖父から受け継いで80歳までやり遂げました。
ああ、いい名前がついたなぁと思いました。

帰りは私が運転し、父・母・妹・姪を乗せて東京まで戻ってくる、
そんな一日でした。
車の後ろのトランクには、祭壇にあったたくさんの仏花(菊など)。
結婚式でもあるまいし・・と違和感があったのですが、それもそのはず。
告別式の後で火葬の場合は、そのお花も棺の中に入れるのが一般的。
山梨は前火葬なわけで、必然的にお花は告別式まで取っておく必要がある・・・
そして最後に持ち帰る。
やはり風習の違いをここでも知りました。

・・・身内の話を長々とすみません。
でも、こういうことはあとから読み返すためにも
記録しておいた方がいいなというのを実感しています。
また次は違う話題を記しますね!

# by mikikasai819 | 2017-09-11 10:25 | にっき(日々の出来事) | Comments(4)

スタージェット最終搭乗

うー、大好きな1日(ついたち)にも何も記せぬままでした。
でもそれも今の自分のブログへの向き合い方だと思って、
書けない心境の時には無理をしない!と言い聞かせ、本日ようやくPCの前に座れました!
ここを訪れてくださる皆様に感謝します!

本日は、9月1日(金)の出来事を。

いつものように午前中はFM世田谷の生放送。
それを終えてから向かった先は、東京ディズニーランドでした!
以前このブログでも書きましたが、TDLのスタージェットというアトラクションには
特別な思い出、しかもどちらかというとマイナスの思い出がありました。
(その記事はこちら
今年の10月でクローズしてしまうと知りその前に乗ってみたいと思っていて
このタイミングしかない!と思って、夫と合流して向かいました。
そして、雨が降る前に!と、いの一番にスタージェットに向かい、乗ることができました。
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このエレベーターで上がっていくんだったなぁ。おぼろげな記憶。
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っていうか、33年ぶりの記憶なんてほとんどないに等しいとはいえ、
子供のころはとても大きいと思っていたのに、大人2人が乗り込むにはとてもキツい!(苦笑)
それと、こんなにスピード早かった?と思いました。
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周りはみんな若い子や親子連れでしたが、最後に乗れてすごくワクワクしました。
最後に記念のシールをもらいましたよ!
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これが最大の目的でしたので、そのあとは・・・
ジャングルクルーズ、カリブの海賊、フィルハーマジック、ビッグサンダーマウンテン、
スターツアーズ、ピーターパン空の旅、ガジェットのゴーコースター、
スペースマウンテンに乗りました。
え?ジェットコースター系が多い?だって、私、元オタクですもの(笑)。
それにしてもTDLのアトラクションに乗るのは10年ぶりくらいだったので、
内容もところどころ変わっていてびっくりしました。

最後にダイヤモンドホースシューレビューでディナー。
決めたのがギリギリだったのでB席しかなかったのですが、
2階席から大いに楽しめました。
これも30年ぶり。ほぼ初めてのようなものでした。
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気づけば閉園の22時まで満喫しました。
次はいつになるか想像もできませんが、また童心に戻りに来たいなぁ。
# by mikikasai819 | 2017-09-07 00:10 | にっき(日々の出来事) | Comments(4)

気づけば8月も最終日。
フリーでこの仕事をしていて、1年を通して考えてみれば
セミナー回数も多くないですし、決して繁忙期ではないはずなのですが
なんだかんだと忙しかったです。
その理由は、夏は夏らしく、学生との時間が多かったからだと思います。

放送部の大会前に教えている2校の指導。
夏休みバージョンでじっくり向かい合えるのが魅力です。

今年は都立上水高校では夏休み特別講座ということで
8月7日月曜日に1~2年生を対象に初めて開催しました。
日頃ゆっくり教えられなかった発声の基礎から滑舌、鼻濁音、無声化など
3時間かけてレクチャーできて良かったです。
途中、教室の中に外部からの学校見学が入ったのも印象的でした。
上水高校に興味を持っている中学生・その保護者の方が
何十人も列をなしていらっしゃったのです。
「先生はそのまま気にせず指導を進めていただいていいです!」
そうは言われてもなんとなくドキドキ(笑)。
都大会、さらには全国大会にも毎年複数の生徒が進んでいる
強豪校となった上水高校。
「放送部があるから入学したいと思った」という子も増えているようです。
その一翼を担っていると思うと、また頑張らねば!という気になります。

母校でもある私立共立女子高校では恒例の夏休み合宿in河口湖。
明らかに6月・7月・8月と生徒のやる気がUpしてきました。
合宿は8月21日~23日の2泊3日という限られた時間の中で、
番組を製作し、さらにアナウンスと朗読の技術も習得します。
私は前半の1泊2日で指導しますが、
初日と2日目でも生徒の姿勢が変わるのが毎年楽しみなのです。
時間に対しての考え方、周囲と協力することの大切さ、
やはり非日常の場所で行う醍醐味ですね。
今年はこの3月に卒業したばかりのOG(大学1年生)も
6人参加してくれました。
ついこの前まで高校生だったのにやはりこの差は大きく、
的確で厳しくて、でも愛情がたっぷり込もった指導は、
とても頼もしく支えになりました。

OGといえば、すでに社会人になった学年とも交流が持てました。
偶然6月に指導に行ったとき教育実習生として母校に来ていたNさんが
「コーチ!!会いたかったです!!!」と駆け寄ってくれて、
そこからあっという間に話がまとまり、先日(8月27日)、
新宿で同学年の生徒たち4人が集まりました。
私は仕事があったので遅れて行ったのですが、
登場したら「コーチィィィ!!!」と黄色い声をありがたく頂戴し(笑)、
飲みながら様々な話を聞きました。
高校卒業した直後に会って以来だったのに、
もう大学4年生・・・すでに社会人になっている人もいて
名刺を出された時には感激しました。
そんなに時間が経っていない気がするのに、確実に5年は経っている・・・

上水のOGからも「来月会いたいです!」という声をかけてもらっています。
この学年はもう20代後半。
社会の荒波を経験し、さらなる大人の会話ができる事でしょう。
あとは日程を決めるだけ。楽しみです。

ふと、私がこれまで指導した生徒って、どのくらいの年齢までいるの?
・・・気になりました。かなりの人数です。
少なくとも上水高校は学校設立当初からなので、もう13年目・・・
共立は、その前から教えていますよ・・・あらら?

私はアナウンサーにずっとなりたいと思っていましたが、
もう1つ、先生になるのも漠然とした夢でした。
学校の授業ではないけれど、こうしてたくさんの生徒たちと
卒業してもなお接する機会があることに改めて感謝したいと思います。

【追伸】
一緒に飲んだ卒業生から翌日届いたお礼のメールに

「昔のままの、しっかりお仕事されていて素敵な女性!というイメージのコーチと
高校時代には見られなかったお酒を飲むコーチと、
色々な面を見られて嬉しかったです」

・・・

・・・

・・・

くーっ、ありがとう!私も嬉しい!
しかし、《お酒を飲むコーチ》という部分がちょっと不安で
「私、何か酔っぱらって迷惑かけたりしてないよね?」と
一応確認してしまいました(笑)。
まあ、大丈夫。私は駆けつけ2杯しかいただいていないから。
でも、みんなの成長が嬉しくて、テンションがあがってしまったのは事実です。

素敵な女性像・・・そんな風に思ってもらえていたならば
それをできるだけ壊さないようにしたいと思います(小声。笑)。

【追伸2】
「河西さんは結局先生なの?コーチなの?」
私が学生を指導していると話すと、そう質問されることがあります。
正解は、どちらでもいいです(笑)。
つまりは、外部委託指導者・招聘講師ということです。
ちなみに上水では河西先生、共立では河西コーチと呼ばれています。
本当にどちらでも。
河西さんでもよいのです。
ちなみにこの話を、別のお仕事先の方としていたら
「コーチって響き、いいですね。私もそう呼ばれたいです!」って
目を輝かせておっしゃっていました♪
それまで何とも思っていませんでしたが、確かに青春な感じがしますね。
コーチと言われるからにはしっかり導けるように精進します。

【追伸3】
私の夢は、
①教え子たちが放送部での経験が日々の生活で役立つなぁと思ってくれること
②教え子たちと何か一緒にお仕事をすること
③教え子たちの結婚披露宴の司会をすること
以上3つです。
みんな、また会おうね。

# by mikikasai819 | 2017-08-31 21:18 | はたらき(お仕事) | Comments(2)

サプライズを振り返る

1週間遅れですが記します。これは記さないわけにはいかない。

☆☆☆

サプライズで心底驚いた経験ってありますか?
そんなことあるはずないのに、目の前で展開されていることへの驚き。
今年の8月19日は、本当に大きなサプライズが待っていました。
誕生日のビックリ旅行で?
いえいえ、その前の、披露宴司会のお仕事で、です。

毎年定期演奏会の司会をご依頼くださる武蔵野シンフォニックブラスオーケストラ。
私のHPにもお客様の声のコメントを寄せていただいているほどで、
本当にお世話になっています。
このたび、団長の椋尾さんから、ご自身の披露宴の司会をお願いされました。

GWの演奏会の時はまだ詳細は決まっていなかったようで、ご依頼されたのは5月中旬。
忘れもしない、青森からのお仕事帰り、新幹線を降りた駅で電話をいただきました。

「河西さん、結婚披露宴をすることになりまして、ぜひ司会をお願いしたいんですが」
「おめでとうございます!!いつですか?」
「8月19日です。ご都合いかがですか。」
あ、バイクの日だ(笑)。←本当にそう思った。
「はい!空いていますよ!」

新郎新婦にはその日が誕生日だとはもちろん伝えませんでした。
自分から誕生日を申告する必要もないですし、気を遣わせたくないし。

ただ、実は一度だけ伝えようかと思った瞬間があったのです。

それは、お二人のプロフィール原稿を作成するために取材していた時のこと。
「私達、19日という日付にご縁があるんですよ」と告げられたのです。
出会ったのも19日、両家顔合わせも、新居への引っ越しも、入籍も、
そして、今回披露宴も!
そんなこと聞いたら、「私も19日大事です!」って言いたくなりまして。
誕生日もそうですが、実は私の披露宴も3月ではありますが19日でしたし。
でも、それはまた無事にお開きになったあとでもいいかなーと思いとどまったのでした。


そんなわけで、当日。

8月19日、真夏です。きっと暑いに違いない、熱中症が心配なほど。
しかし、ご存じのとおり、東京(横浜)はずっと雨が続いていました。
結果、晴れました。
新郎は極度の雨男、新婦は極度の晴れ女。勝者、新婦!!!
(夕方からゲリラ豪雨を考えると、日中晴れて本当に良かった)

今回の披露宴会場は横浜ベーリックホール。横浜市の歴史的建造物です。
建物の説明なども資料を基に私からさせていただきました。

いざ始まってみると、新郎新婦の人柄がよく出る会で、終始和やかに進んでいきました。
原稿を作成したお二人のプロフィール紹介も笑いが出て、
こういう時は司会冥利に尽きます。

途中、新婦の勤務先からのサプライズで新婦が涙するシーンもありました。
ウェディングプランナーさんと私は知っていて、新郎新婦は知らない演出。
サプライズ、大成功!こういうときは嬉しいものです。

そう、ここでは、自分がまさかサプライズを受けるとは夢にも思いませんでした。

・・・宴の後半、オーケストラのメンバー(新郎も含む)による
管楽五重奏の披露がありました。
お二人の思い出の曲「美女と野獣」の演奏でした。
新郎の演奏する凛々しい姿と、それを見つめる新婦の瞳。
ああ、いいなー、ホントに、と、その姿に私は見とれていたように記憶しています。


曲が終わり、拍手!!!


「ありがとうございました」・・・と私はマイクで喋り始めようとしたのですが、

おや?演奏者が一礼・・・しません。

なんか、譜面台を動かしています。これ、まだその先があるような空気。
え?1曲だけのはずだけど。打ち合わせと違う。

こういう時に、進行している側からすると、
ハプニング回避モードの思考回路になります。

少し様子を見ようか・・・どのタイミングで入っていこうかな・・・

マイクを置いて黙っていると、ほどなくしてもう1曲の演奏が始まりました。

♪♪~♪♪♪♪~

ホッ。やっぱり2曲だったんだー。変にコメント挟まなくてよかった。
でも、1曲だって聞いていたんだけどなぁ、打ち合わせのミスかしら。

♪♪~♪♪♪♪~

どこかで聞いたメロディーだと思いながらも、私は次の展開を考えていました。

団員からこの曲に関しては何か説明があるのかな。
私がフォローする類のものではないかな。


・・・ん?待てよ。よくよく聞くとこの曲・・・、


ハッピーバースデー トゥー ユー ではないか。
(本当にしばらくして気づいた)

・・・

・・・


え?

えーっと、誰かお誕生日の人いた?

・・・

いる。

どこに?

ここに。

まさか、私か?

・・・

・・・いやいやいやいやいやいや、主役は新郎新婦だからね。
司会は目立つべきものではないんだからね。

でも、他に誰?

いや、こうなると私だろう。

でも、どうして知られているんだ?
何も言ってないのに。

いや、まだ私と決まったわけではない。

そもそも夢か?

そんなことを頭でグルグル思っていながら、
すごい綺麗な音だなという冷静さもあって。


演奏が終わり、お客様もみんな拍手はしながら何が始まるんだ?という表情。

すると、演奏をメインテーブルで聴いていた新婦が私の方を見て立ち上がりました。


「今日、この会場にお誕生日の人がいます」


会場どよめき


「司会の河西美紀さんです」


「え?んあぁ、ちょっ・・・と・・・(我ながら判別不明な声を上げる)」


そうだったかー!私だったかー!注目を浴びてめちゃめちゃ恥ずかしい!

「司会をお願いした時は知らなくて、
そのあと河西さんのホームページを見ていたら誕生日が8月19日ってあって、
私達、そんな大事な日にお願いしちゃった!って思って・・・(以下略)」

すみません、略っていうか、覚えていません。
だって、あまりの驚きと恐縮と、何より嬉しさで、
血が逆流する・・・じゃないな、この場合は、
血が勢い良く巡る感覚とでもいいましょうか。
会場中のお客さんが私に注目しているわけです。

そういうの、嫌いじゃないでしょ?と思った方、
いやいやいやいや、ですから、この場は結婚披露宴ですから、
新郎新婦が主役ですから、そういうモードに切り替わりません!って。
むしろ恐れ多い気持ちにすらなりました。

でも、考えてみれば、その主役のお二人が私のためにこうして時間を設けてくれて
会場全体で大きな拍手と「おめでとう」の声。
なんと私は幸せ者なのでしょう。
大きな花束とプレゼントもいただき、幸せすぎて涙が出そうになりました。

・・・プロ野球選手って、誕生日当日は
投手ならピッチャーマウンド、打者ならバッターボックスに最初に入るとき、
応援団がハッピーバースデーのメロディーを吹いて(歌って)くれます。
いわば仕事中にお祝いをしてもらえる、素敵だな、本人も力がみなぎるだろうな、
そういう経験ってなかなかないな、と思っていましたが
まさに、今回、仕事中に、しかも私の場合はサプライズで、
こうしてハッピーバースデーのメロディーを、
なんと生演奏で聴くことになるなんて、本当に感激でした。
ありがとうございました。

・・・と、この時点でおひらきまではまだ30分ありましたし、
それこそ、新婦のお手紙朗読や記念品贈呈などクライマックスも控えていますので、
しっかり遂行させていただきましたよ。
(この30分でもお身内へのサプライズがあり、
ああ、たくさん準備・工夫がされている、さすが新郎新婦!と思いました。)

そんなわけで、私にとっても忘れられない2017年8月19日になったのでした。
椋尾さんおめでとう!
そして、団員の皆様、お会いできてうれしかったです。
# by mikikasai819 | 2017-08-28 11:20 | けっこんしき(結婚あれこれ) | Comments(2)

Up前のUp

☆Twitterの呟きはこちら。日々の動きを記しておりますので是非どうぞ。

この1週間は横浜での披露宴司会から始まり、河口湖での放送部合宿指導、
ラジオの生放送、横浜でのセミナー司会、大手町でのセミナー司会、
小平での吹奏楽コンサート司会リハ等、慌ただしくしておりました。
お仕事の合間には嬉しい楽しいお食事会も複数ありました。
体調はおかげさまで回復・・・と言っていいレベルに来たと思います。

既にブログ(長文!)を2つほど書きためましたが、
Upするのに確認したい項目があるのでまた明日。

明日(日付変わって今日)は小平青少年吹奏楽団のコンサート司会本番です!
# by mikikasai819 | 2017-08-27 00:51 | にっき(日々の出来事) | Comments(0)

そして41歳

「バイクの日」という語呂合わせを相当刷り込んでしまっているようで(苦笑)、
様々な時代の多くの方から誕生日メールが届きました。
ありがとうございます。

今日は本当にいい日でした。
普段ネガテイブ思考の私が「ああ、幸せだな」と思いっきり笑い、
しみじみ泣きたくなる、近年稀に見るいい日でした。

日中の披露宴司会のお仕事では、
驚き過ぎて仕事が続行出来なくなりそうなハッピーサプライズ、

仕事のあとは、毎年恒例、夫企画のビックリ旅行中。
(今年は明日も夜からお仕事なので、旅というほどの距離は動けませんが
行き先が知らされない方針は健在でしたよ。笑)

それにしても結婚式は見事な青空でよかったと思っていたら
仕事後に移動してきた場所はこれでもかというほどの土砂降り。
ビックリ旅行の始まりだけど天気には全くビックリしなかった雨女。

(でも、世田谷区たまがわ花火大会は中止になったのですね。
残念ですがあの雨では仕方なかったですね。涙)

41歳、健康に気をつけて(気をつけよう)というメールを多くいただきました。
本当にそう思います。

先日までの体調不良は、熱は下がりましたが
まだ喉が・・・唾を飲み込むだけで痛い状況です。
でも、仕事の時は忘れられます。不思議ですね。
とにかく昨日の生放送と今日の披露宴司会、無事遂行できてよかった!

早く完治させたいです。

あと、母には41年前の今日、大変だったね、ありがとうと電話で伝えました。

ということであと5分で日付変わるのでこの辺でupします。(いつもギリギリ)


# by mikikasai819 | 2017-08-19 23:55 | やるき(決意・反省など) | Comments(2)

さらば40歳

毎年このタイトルで誕生日前夜に何らかのことを記していますが、
今年はもう、振り返る余裕はまったくなく、
水曜・木曜と38度超えの熱で寝込んでいた余波からの
今朝ラジオの生放送無事3時間終了!の安堵と、
母校の合宿準備のお手伝い・打ち合わせ無事完了と、
ナレーション収録内容でトラブル発生のアフターケアと
明日のお仕事(結婚披露宴!)の原稿最終作成と、
もちろん体調管理を引き続き気をつけなくてはいけない不安と、
今日のうちにこのタイトルは書いておきたいという希望と、

あああ、頭がいっぱいだ(笑)。

ひとつ言えること、それは30代が終わって40代に入ってみたら
想像以上になかなか快適だったということ。
40歳は閉塞感からのむしろ開放感が待っていたこと。
30代に悩んだことはもう過去のこと。
自分らしく色々追求していきたい!って思えた1年。

しかし、忘れてはいけない。
40歳って、30代の最後ととらえることもできるということを。

30歳がそうだった。
28!29!30!と来てからの31!の1歩が、
後ろに戻れない感覚でものすごく重く感じた。

38!39!40!と来た今、明日迎える41!の1歩は・・・
うわ、41って書いたまさにこの瞬間から重い。
そうか、私、完全に40代なんだって。
40歳も40代ですけどね(苦笑)。

いやいや、でも、やっぱりカッコいい40代でありたい。
41歳も充実させたい。1度きりの人生。
ただ、健康には注意しなくてはと心から思います。

そういえば昨日、お盆期間でかかりつけの内科はまだ休みで
初めて行く医者で受付の問診票を書くとき、
「40」歳の数字を書いて、ああ、これが多分40と書く最後なんだろうなと思いました。
処方してもらった頓服薬、すごく効きました。助かった!

というわけで支離滅裂ですが、あと30分で
次のタイトル(これも毎年恒例)を書いてもいい日付になりますのでこの辺で。

※バックナンバー、必ず8月18日は「さらば○歳」となっています。
28歳からありますからね、我ながらすごい蓄積(笑)。
# by mikikasai819 | 2017-08-18 23:31 | やるき(決意・反省など) | Comments(3)

笑いの中で救われた一言

昨日のお昼は放送局受験仲間の山野本竜規くんと久しぶりの再会。
沖縄在住ですが、お仕事で現在首都圏に長期滞在をしているとのことで
「お盆休み、時間あったらどう?」と声をかけてくれたのです。

このブログでも時折記していますが、彼は山陰・沖縄で局アナをしていた友人です。
現在はフリーで「ナカトリモチ」としてのお仕事を本業にしています。
モチ?餅?と聞きなれない単語に戸惑うと思いますが(苦笑)、
実家が神社で神職の資格を持っている彼は、霊的世界とこの世の人との間を取り持ち、
色々なメッセージを届けるという能力があるのです。
自分にはそんな力が全くないのでイメージがわきませんが、すごいですよねー。

山野本くんと知り合ったのは大阪のテレビ局の試験でしたが、
いつも話すと心から元気になれる人で、それは今回も健在。
もう、ホントに会うと楽しすぎてずっと笑っています。
最近ではその笑っている自分がイメージできるので、会う前からワクワクしています(笑)。

ちなみに彼は「悩みはない!今が本当に幸せ!」と笑顔で堂々と語ってくれちゃう人です。
しかし、それに対して「うらやましいな」という、なんというか変な嫉妬などが
ホントに1mmも浮かばない相手なのです(笑)。
それもそのはず、いい意味で自分とはかけ離れているから清々しいのです。
性格はとことん違うのに、どうしてこんなに心の核となる部分が
互いに呼応するんだろうと毎回思います。

あ、ちなみに彼はかなりの毒舌です。
ブログなどでも、元局アナとは思えないような、
そこまで言って大丈夫?と、友達として本気で心配になるほどです(汗)。
でも、それもちゃんと本人は自覚しています(笑)。

・・・さて、久しぶりの再会は東浦和の「高砂」というお店へ。
以前、友達と行ってすごく美味しかった&ゆっくりできた印象があったので
私から提案して実現しました。
予約したときの電話の応対も好感度大!

1品目から彩り鮮やか、見ても食べてもおいしいメニュー!
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と、お互いこの写真を撮ってからは喋りに専念(笑)。
今どんなお仕事をしているか、最近の調子はどうか、
出かけたところで面白かったのはどこか・・・話は尽きません。

彼の特徴はブログを毎日更新していること。しかもかなりの長文を、です。
私もどちらかというと長文、しかも毎日何かしら記していたのですが
このブログに来てくださる方はお気づきの通り、
ここ数年、どうしても期間が空いてしまうことが増えてきました。
2日、3日、1週間・・・気づけばそのまま。
リアルタイムで発信できるTwitterを始めたというのもあるかもしれませんが
すごくそのことが気になっていました。

すると、山野本くんは、

「ブログが今までみたいに書けなくなっているってことは、
それだけ毎日全力で頑張っていて、疲れて家に帰るからその力が残っていないんだよ。
そうだとしたら、それって充実している証拠だよね!」


そう言って、目をクリッとさせて、

「ブログはいいんだよー、無理して書くものでもないから適当で。
書けるときに書けば。」

と励ましてくれました。

さらに、

「TwitterはTwitterで、ああ、河西さんらしい文章だなっていつも思って見てるよ。
ただの呟きじゃなくて、短い中に言いたいことがちゃんと詰まってるんだよねー。」


そう笑ってくれたのです。

何気ない言葉かもしれませんが、本当に救われた気持ちになりました。

これを優しく穏やかに、いかにもアドバイスという感じではなく、
サラッと、普通の会話の中に織り込んできてくれるのでした。

そして、いいことも悪いことも嘘は絶対に言わない性格だと分かっているから、
励まそうと思って取り繕われた言葉ではないのだと、益々嬉しくなりました。

過去の話も現在の話も未来の話も、大いに笑って語って、楽しい時間。
ありがとう!!!また出張の時は声かけてね。

外は雨で大変でしたが、お店はやっぱり快適でした。
東浦和高砂の「ひがしの盆」、いろいろ食べられておススメですよ!

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# by mikikasai819 | 2017-08-16 17:42 | にっき(日々の出来事) | Comments(1)
元ラジオ局アナで今はフリーで活動中、河西美紀(かさいみき)のげんき・やるき・ほんきのつぶやき。

by mikikasai819
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